【めがねと映画と舞台と】第44回『工作　黒金星（ブラック・ヴィーナス）と呼ばれた男』

2020.04.17 | 八巻綾（umisodachi）

2020年はアジアの映画界にとって歴史的な年になりました。ポン・ジュノ監督の韓国映画『パラサイト』が米アカデミー賞作品賞に輝いたのです（他3部門受賞）。先行してカンヌ映画祭のパルム・ドールを受賞した『パラサイト』は、アカデミー賞だけでなくアメリカの各映画賞を席巻。これまで米アカデミー賞で英語以外の作品が作品賞を受賞したことはありませんでしたが、遂に韓国語で演じられた韓国映画がハリウッドの頂点に立ったのです。

『パラサイト』を監督したポン・ジュノ監督だけでなく、韓国には多くの才能ある監督が存在しています。国民の映画に対する思いも強く、1人当たりが1年間に映画館で鑑賞する映画の平均本数は4回以上（映画上映活動年鑑2018年（一般社団法人コミュニティシネマセンターによる調査）より）。先進国の中でも最も頻繁に映画館に足を運ぶ国民だいえるでしょう。政府や企業が積極的に映画をはじめとする文化芸術を支援（投資）しているという背景もあり、韓国映画はアジア映画の中でも群を抜いて世界的な評価が高いのは周知の通り。特に、犯罪映画やスパイ映画、韓国の負の歴史を見つめる映画など、ハードな作品が目立ちます。緻密で飽きさせない脚本にキャスト陣の見事な演技、容赦のない迫力ある演出が詰め込まれた韓国のシリアス作品は、観る者に強烈な印象を残します。

そこで今回ご紹介するのは、2019年に日本で公開されたユン・ジョンビン監督の『工作黒金星（ブラック・ヴィーナス）と呼ばれた男』です。実在したスパイが主人公で、1990年代の朝鮮半島の緊張感と、その裏で進行していた信じがたい政治的取引の顛末が描かれています。

1992年。韓国の軍事パクは、北朝鮮の核開発を探るため工作員となります。コードネームは黒金星（ブラック・ヴィーナス）。彼は羽振りの良い広告会社社長になりすまし、北朝鮮の対外経済委員会であるリ所長に接近。紆余曲折はあったものの、急遽多額の現金が必要になったリ所長側（北側）の事情もあり、2人は共同でビジネスをすることになります。さらに「北朝鮮でCMを撮影する」という前代未聞の提案も受け入れられ、パクは遂に金正日との面会にまで漕ぎつけたのでした。

しかし、パクの計画に思わぬ邪魔が入ります。大統領選を前に対抗馬のキム・デジュンの当選をなんとか阻止したい当時の政権が、北朝鮮と裏取引を行ったのです。国民の保守傾向を強めるため、南側が北側に軍事攻撃を行うよう依頼しているのを知ってしまったパクは、自分の計画が白紙撤回されると焦り、リ所長と共になんとか軍事攻撃の阻止を試みますが……。

「本当にこんなことが？」と信じられない展開が続く本作。登場するキャラクターの思惑が複雑に絡み合い、物語は予想外の方向へと突き進んでいきます。ファン・ジョンミン演じる主人公のパクは、《元軍人で調子のよい実業家》に見事に変身。めがねをかけ、人好きはするけれど抜け目ない新たな人格になって、黒金星としての人生を開始します。いつもニコニコしていて呑気な印象すら与えるのに、ここぞという時にはハッタリを効かせる度胸もあるパク。工作活動上のものとはいえ、徐々にプロジェクトに大きなやりがいを見出し、北朝鮮への同情心すら芽生えてきてしまう中で覚える葛藤。いくつもの感情と顔を持つパクが《黒金星》でいるとき、その目元には必ずめがねがあります。まるで、めがねで本当の姿を隠しているかのように。

そして、北朝鮮側のパートナーとしてパクと手を組むリ所長（イ・ソンミン）もまた、めがねをかけています。慎重派で口数が少なく温厚。もちろん北側の役人なので隠していることは多いのですが、祖国の人々が置かれている状況に深く胸を痛め、どうにかして困窮から救えないかと悩む人情あるキャラクターでもあります。この心の優しさが、スパイであるパクに付け入る隙を与えてしまうわけですが、2人の関係は単なるビジネスパートナーの域を超えたものになっていきます。

本作は、硬派なスパイ映画であると同時に、この2人の熱い友情を描いた作品でもあります。北朝鮮に招かれ、悲惨な市民の様子を目にして絶句するパク。リ所長は敢えてパクに祖国の惨状を見せたのでしょう。パクはスパイでありながら、リ所長の真っすぐな正義感に心惹かれていくのでした。そしてパクが南北の裏取引を知ったとき、2人の意志はひとつになります。パクは南北の目論見をリ所長に明かし、「ビジネスには2つの意味があります。1つは商売。もう1つは冒険。最後に私と一緒に冒険してみませんか？」と提案します。

その後、2人は一世一代の賭けに出て状況を変えますが、さらに予想外の事態が起こり……と、物語はさらに予想外の展開を見せていくのですが、最後の最後までリ所長とパクの絆は強く結ばれていました。

『工作　黒金星（ブラック・ヴィーナス）と呼ばれた男』のラストシーンは、パクとリ所長の友情を感じさせる印象的なものになっています。祖国の惨状に心を痛める真っすぐなリ所長と、リ所長と関わることで自身の正義感を目覚めさせていくスパイ・パク。めがねをかけた2人の男が挑んだ冒険。2人が肩を並べ、そして正面から向き合って築いた友情は、きっとあなたの胸を熱くすることでしょう。

映画『工作　黒金星（ブラック・ヴィーナス）と呼ばれた男』

Blu-ray、DVD発売中
販売・発売元：ツイン

監督／脚本：ユン・ジョンビン『群盗』『悪いやつら』『許されざるもの』
脚本：クォン・ソンフィ『ハナ　奇跡の４６日間』
撮影：チェ・チャンミン『華麗なるリベンジ』『群盗』
音楽：チョ・ヨンウク『タクシー運転手～約束は海を越えて～』『新しき世界』
アクション：ホ・ミョンヘン『新感染ファイナル・エクスプレス』『アシュラ』『犯罪都市』
出演：ファン・ジョンミン、イ・ソンミン、チョ・ジヌン、チュ・ジフン

[Blu-ray]
価格：4700円+税　品番：TWBS-5157　発売日：2020/1/8
[DVD]
価格：4,700円+税　品番：TWDS-1157　発売日：2020/1/8

【収録言語】
①オリジナル（韓国語）／5.1chドルビー

【字幕】
①日本語字幕

【映像特典】
●メイキング
●ファン・ジョンミン＆イ・ソンミン＆チョ・ジヌン＆チュ・ジフンから日本のファンへのメッセージ
●キャラクター予告編／オリジナル予告編集（15秒／30秒①／30秒②／特報／メイン予告／カンヌバージョン）
●日本版予告編

※ジャケット写真、商品仕様、映像特典などは予告なく変更となる場合がございます。

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