あなたの変化に、そっと寄りそう

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【めがねと映画と舞台と】第43回『うたのはじまり』

【めがねと映画と舞台と】第43回『うたのはじまり』

| 八巻綾(umisodachi)

私が生まれたとき、その産声を聞いた亡き祖母はこう言ったそうです。

「この子は将来、声で苦労するだろうね」

祖母の予言通り、私の声は妙に低くて未だに全然好きになれません。でも、私は「うた」が大好きです。歌うことも、聴くことも。ちっとも上手くないのに、高校時代には合唱部に所属していたくらいです。なぜ私はこんなにも「うた」に惹かれるのでしょうか? 古今東西、人類は「うた」と共に生きてきました。そもそも「音」って、「うた」って一体何なのでしょう?

ろうの写真家である齋藤陽道さんと「うた」との関係を追いかけたドキュメンタリー『うたのはじまり』は、「歌とは何か?」という根源的な問いに潜っていくような作品です。端正な顔立ちでいつもめがねをかけている陽道さんは、歌が大嫌いだったと言います。しかし、音に絶望していたという陽道さんに決定的な出来事が起こります。陽道さんと同じくろうの写真家である妻・盛山麻奈美さんとの間に、男の子が生まれたのです。その子はコーダ(ろう者の親を持つ聴者)でした。

【めがねと映画と舞台と】第43回『うたのはじまり』
©2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS

陽道さんは、息子の誕生を機に「うた」に正面から向き合うことにします。劇作家・演出家である飴屋法水さん演出のパフォーマンス映像、シンガーソングライターである七尾旅人さんら音楽家に会いに行く映像、そして麻奈美さんの出産映像など、本作に登場する各シーンは極めて劇的です。「僕の写真を撮る衝動は、「声」の定義を広げること」だと語る陽道さんは、世界を驚異的な解像度で見つめているのだと思います。だから、彼を追ったカメラに映る世界も高濃度になるのでしょう。

かつて決別した「うた」と向き合う日々の中、まだ小さい陽道さんの息子がお風呂で初めて「だいじょうぶ」という言葉を発しました。このことをきっかけに、陽道さんの内部から「うた」が沸き上がってきました。これが、本作のクライマックスです。

【めがねと映画と舞台と】第43回『うたのはじまり』
©2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS

その後、陽道さんの家を訪ねた七尾旅人さんは、この「うた」を目の当たりにします。七尾さんは「この家は、普通の家よりもコミュニケーションのバリエーションが多い」ということを発見しさらに、陽道さんの「うた」について「聞こえていないはずの音を聞いてしまっている」と衝撃を受けます。

そもそも「音」は、物体の振動によって発生する「波」です。人間が感知できる音域には限界があるので、世界には私たちが知っているよりもずっと多くの「音」が存在しているはず。我々がそれらのさまざまな「音」を感知する手段は、なにも鼓膜だけとは限らないのではないか? 陽道さんがつむぐ「うた」と七尾さんの言葉を聞きながら、私はそんなことを考えていました。「うた」は聴こえるから生まれるものではなく、最初から体内にあって、沸き上がってくるものなのかもしれません。

【めがねと映画と舞台と】第43回『うたのはじまり』
©2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS

「音」を感知する手段について、『うたのはじまり』ではさらに新しい試みが実施されています。それは、【絵字幕】という字幕形態です。『うたのはじまり』にはさまざまな「うた」が登場しますが、そのシーンになると画面の下部に「音楽」を「絵」で表現する「Score Drawing」が表示されます。
「音」が豊かな色彩と自由な形状で描かれていく様子は、実に新鮮な驚きを呼び起こしてくれます。それはまるで、最初に観た(字幕なしの)映像の向こう側に存在していた宇宙が目の前に引っ張り出されてきたよう。
私は、自分が感知できていなかった「音」が可視化され、世界が一気に広がったような不思議な感覚に陥りました。この絵字幕版について、陽道さんは「絵がつむいでいる色やリズムを追いかけるうちに、自分のなかで、なにかが解き放たれる感じがありました。」と語っています。

【めがねと映画と舞台と】第43回『うたのはじまり』
©2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS

『うたのはじまり』は、「音」と「うた」の本質に迫る奇跡のようなドキュメンタリーです。世界には、私たちが耳にしている「音」以上にずっと豊かな「音」があり、「うた」があります。陽道さんがつむぐ「うた」が与えるワンダーに、きっと多くの人が衝撃と感銘を受けることでしょう。

映画『うたのはじまり』

【めがねと映画と舞台と】第43回『うたのはじまり』
©2020 hiroki kawai / SPACE SHOWER FILMS
絶賛公開中!


監督・撮影・編集:河合宏樹
整音:葛西敏彦
字幕作成:Palabra 株式会社
Score Drawing:小指
出演:齋藤陽道、盛山麻奈美、盛山樹、七尾旅人、飴屋法水、CANTUS、ころすけ、くるみ、齋藤美津子、北原倫子、藤本孟夫 他

2020年|日本|カラー|16:9|86分|DCP|PG12|配給:SPACE SHOWER FILMS

『うたのはじまり』公式サイト
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