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誰もが演劇を楽しめる世界へ!バリアフリー演劇の未来

誰もが演劇を楽しめる世界へ!バリアフリー演劇の未来

| 八巻綾(umisodachi)

めがね新聞では以前、スマートグラス「MOVERIO」を使った映画鑑賞をレポートしました。これは、スマートグラス MOVERIO を通してスクリーン上に字幕が表示されているように見え、るというアイテムでしたが、映画だけではなく演劇でもバリアフリー化の波が広がっているのをご存知ですか?

今回はバリアフリー演劇の中でも、目の不自由な方を対象にしたサービスを中心にご紹介したいと思います。

誰もが演劇を楽しむ権利がある!

「バリアフリー演劇」とは、耳が聞こえなかったり目が見えなかったりといった人でも、一緒に演劇を楽しめるように工夫しよう、というムーブメントのこと。聴覚障がい者のための台詞の字幕表示が代表的な例ですが、他にも様々な試みがなされています。

例えば、『劇団民藝』では「バリアフリー観劇」として、聴覚障がい者には上演台本の事前貸出を実施しています。また、視覚障がい者に対しては事前舞台説明会を実施。日時は限られているものの、本番前に視覚的な情報を頭に入れておけば、鑑賞する時により一層内容の理解が深まりますよね。
(※障がい者手帳所有者には割引などの設定あり。)

それでは続いて、バリアフリー演劇について特に積極的な試みを行っている団体をご紹介します!

音声ガイドつき公演に取り組んでいる「ピッコロシアター」

兵庫県尼崎市にあるピッコロシアター(兵庫県立尼崎青少年創造劇場)は、視覚障がい者のための音声ガイド付き公演に取り組んでいます。2015年から5回の実施で、延べ約100人が体験しました。目の不自由な方はガイドレシーバー(携帯用のFMラジオ)使って、視覚的な情報を受け取ります。

誰もが演劇を楽しめる世界へ!バリアフリー演劇の未来
FM機器(ガイドレシーバー)提供:ピッコロシアター

2019年2月3日神戸新聞NEXTに掲載された同シアター広報交流専門員の古川知可子さんのインタビューによると、音声ガイドの内容は下記のようなものなのだそう。

「私たちのガイドは、正確な情報とは少し違います。例えば『ピーターパンが右回りをしました』ではなく、『楽しく踊りだしました』です。大切にしているのは、演出家が描きたい舞台のイメージを伝えることで、劇団員の風太郎(ぷうたろう)さんがガイドの台本を書き、実際に解説しています。風太郎さんは『寄り添い、語り掛けるようにしたい』と言います。私もセリフと重ならないように台本をチェックし、一緒に考えます。」
2019年2月3日神戸新聞NEXTより

歌舞伎のイヤホンガイドのように作品の背景や設定などを解説するというよりは、作品そのもののイメージを想像してもらいやすいような言葉を選んで伝えるという内容のようですね。ガイドレシーバーの利用者はきっと、その世界に入り込んで作品のイメージを得ることが出来るのでしょう。

誰もが演劇を楽しめる世界へ!バリアフリー演劇の未来
風さんのガイド風景 提供:ピッコロシアター
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舞台「さらばドラキュラ」提供:ピッコロシアター

台本と演出からバリアフリーに取り組んだ「東京演劇集団風」

字幕や音声ガイドといったツールを利用するだけではなく、演出自体にバリアフリーの試みを入れ込んだのが、「東京演劇集団風」のバリアフリー演劇です。

2月2日~3日に行われた『ヘレン・ケラー~ひびき合うものたち』では、演出の浅野佳成さんが字幕スーパー台本とナレーション台本を用意。耳の不自由な方向けに字幕スーパーを舞台上に映写することに加えて、手話通訳者3人が芝居に溶け込むような形で通訳を行いました。また、目の不自由な方向けには、音声ガイドをイヤホンではなくスピーカーから流し、台詞と台詞の間の状況説明などを補完しました。

誰もが演劇を楽しめる世界へ!バリアフリー演劇の未来
右の女性が舞台上で手話通訳を行なっています。
舞台「ヘレン・ケラー~ひびき合うものたち」提供:東京新聞

これは、健常者と同じように障がい者も演劇を楽しむというレベルを超えて、作品を観る人全員が等しくバリアフリー演劇を体験するという試みです。字幕スーパーも、舞台上を動き回る手話通訳者も、音声ガイドの内容も、すべてが「見えて」いて「聞こえて」いるからです。誰にでも演劇を楽しむ権利があるという考えを、まさに演劇的な手法で実現したといえるでしょう。

バリアフリーは、サポートから表現それ自体へ

演劇にバリアフリーを! という概念は、もちろん日本だけのムーブメントではありません。2015年にはDeaf West Theatreの『Spring Awakening (春のめざめ)』という作品がブロードウェイで上演され、大きな話題となりました。Deaf West Theatreは、聴覚障がいのあるキャスト・スタッフと、聴こえるキャスト・スタッフが共に作品を上演している劇団で、本作も27人のキャストの約半数が聴覚障がい者でした。

聴こえないキャストと聴こえるキャストがひとつの役を2人で演じるという斬新な演出で、聴こえないキャストは手話を使った演技を行い、聴こえる役者は声を出してのセリフや歌・演奏部分を担当。視覚的な情報を駆使してきっかけやリズムを掴めるよう工夫されていたことに加え、ひとつのキャラクターを光と影のように2人で重層的に表現したことで作品の深みが増し、多くの観客に感動を与えました。本作はそのシーズンの目玉のひとつとなり、トニー賞でもそのパフォーマンスが披露されたのです。

バリアフリー演劇は、障がい者のサポートというレベルを超えて、演劇的表現自体にバリアフリーの概念を組み込むという次元に差し掛かりつつあります。健常者の世界に合わせるのではなく、健常者・障がい者という枠組みを取っ払って、誰もが同じように舞台を楽むことができる。そんな時代は、もうすぐそこにきているのかもしれません。

【劇団情報】

劇団民藝 公式ホームページ
※バリアフリー観劇については、ホームページ内の「バリアフリー観劇」をご覧ください。
ピッコロシアター 公式ホームページ
東京演劇集団風 公式ホームページ