【めがねと映画と舞台と】第39回『FACTORY GIRLS ~私が描く物語~』
昔私が働いていた会社はかなり男性の比率が高く、中でも過酷と言われている部署にはほとんど女性がいませんでした。毎日のように浴びせられる「女なのに」「女だから」「やっぱり女は」といったフレーズに最初は反発を覚えた私でしたが、いつしか適応していってしまいました。いちいち反応するよりも、受け入れてしまった方が楽だったからです。「女とは思えない仕事ぶり」「男並みの頑張り」「俺はお前を男だと思って仕事している」といった言葉を脳が褒め言葉として受け止めるようになり、「(他の女性と違って)私は認められている」と勘違いしていきました。私は単に他の男性社員と同じ業務を、他の男性社員と同じように処理していただけで、特に優れていたわけでもなかったのに。
でも、私は間違っていました。「女だから」ダメなんだ、「やっぱり女は」メンタルが弱い、「女なのに」気が利かないな、などと言われる環境に反発するべきでした。まったく同じ業務内容のはずなのに、女性というだけでいくつもハードルが設けられ、ことあるごとにジャッジされる状況に怒りを表明するべきでした。私ひとりが耐え忍んで、私ひとりが男性たちに“認めていただけた”ところで意味がありません。私は、次に入ってくる女性が「やっぱり女は」と言われないように戦わなければいけなかった。そのことに気付いたのは何年も後のことでしたが、今も大きな後悔となって私の中で燻り続けています。
日本で上演された世界初演のミュージカル『FACTORY GIRLS ~私が描く物語~』を観ながら、私はそんな後悔の気持ちを思い出していました。本作は、ブロードウェイで活動するクレイトン・アイロンズとショーン・マホニーが音楽と作詞を手がけ、日本版脚本・演出を板垣恭一が担当した新作ロックミュージカル。19世紀半ばのアメリカ・ローウェルの工場を舞台に、自由を求めて戦った女性たちの姿が描かれていきます。
借金を抱えた実家を助けるため、ローウェルの紡績工場に就職することになったサラは、女工たちが置かれている過酷な労働環境に愕然とします。しかし、工場や寮で出会った仲間たちと励まし合いながら、なんとか劣悪な状況に耐えて働き続けるのでした。そんな中、サラはローウェル・オファリング誌の編集者ハリエットと出会い、文章を書き始めます。ふたりは共感し合い強い友情で結ばれますが、工場の労働時間はどんどん延長され、女工たちはさらに過酷な労働を強いられていくのでした。
本作は、サラとハリエットというふたりのヒーローを描いた物語です。サラは目の前で命を削られている仲間たちを救うため、ペンを武器に組合を結成して立ち上がりますが、ハリエットは直接的な抗議行動を否定。全国各地での講演会など慎重かつ穏便なやり方で、国全体の女性の地位向上を目指していきます。大きな意味でふたりの目標は同じなのですが、実現に向けた方法が対立してしまうのです。
権力者の邪魔が入らないように、ヒステリックだとみなされないように、石橋を叩くように言葉を選んでいくハリエットは、権力者たちに利用されるようになってしまいます。行動を起こそうとするサラを止めにきたハリエットに向かって、サラは「目を覚まして!なぜ気付かないの?」と語りかけます。男たちのご機嫌を損なわないように行動したところで、結局は男たちの決めた枠内におさまって、いくばくかの権利を“認めていただける”だけ。いま目の前で奪われている命を救い、女性たちの尊厳を守るためには、お行儀良くしていても仕方がないのです。サラのようにハッキリと怒り、強い意志を示す必要がありました。
遂にストライキを起こしたサラの前で、ハリエットは崩れ落ち、ようやく立ち上がって心の声を歌い上げます。ハリエットの絶叫にも似た歌声は、かつて怒りの声を上げることができなかった私自身の後悔の念と共鳴し、私の魂を震わせました。
編集者であるハリエットは、文章を読むときや書くときにめがねを使用します。彼女のめがねは、その知的で控えめな性格をよく表していますが、『FACTORY GIRLS ~私が描く物語~』には、もうひとり常にめがねをつけているキャラクターが存在します。
それは、物語の語り手でもあるルーシーです。サラたちが抗議行動を起こした当時、一緒に働いていたルーシーはまだ10代でした。ハリエットとサラに憧れ、自らも懸命に文章を書き、娘を心配する母親を説き伏せて共に抗議行動に参加したルーシー。サラやハリエットの意志を引き継いだルーシーは後に作家となり、サラたちの努力が数十年後に実を結んだことを観客に報告します。
有無を言わさず家父長的な支配に従わされていたルーシーの母親世代、女性の権利を主張して声を上げ始めたサラやハリエットたちの世代、そして、その姿を目にして女性の権利を掴み始めたルーシーたちの世代。常に黒ぶちの丸めがねをかけ、目にするものすべてを吸収し、自分の力で考えながら大人への階段を駆け上がっていくルーシーは、『FACTORY GIRLS ~私が描く物語~』の希望です。権利を求める戦いは、後の世代のためにこそあるのですから。
現代に生きる女性は皆、サラたちのような女性たちが切り開いた道の上を進んでいます。しかし、各国における男女格差を測るジェンダー・ギャップ指数において、2018年に発表された日本の順位は149か国中110位。開拓はまだまだ終わっていません。私たちにとってのルーシーのために、共に戦いを続けましょう。
舞台『FACTORY GIRLS ~私が描く物語~』
音楽/詞:クレイトン・アイロンズ & ショーン・マホニー
日本版脚本・演出:板垣恭一
出演:柚希礼音 ソニン 実咲凜音 清水くるみ 石田ニコル /
原田優一 平野 良 猪塚健太 青野紗穂 谷口ゆうな 能條愛未 戸井勝海 剣 幸 他
【東京公演】TBS赤坂ACTシアター 2019年9月25日(水)〜10月9日(水)
【大阪公演】梅田芸術劇場メインホール2019年10月25日(金)~10月27日(日)
企画・制作:アミューズ
テレビ局で営業・イベントプロデューサーとして勤務した後、退社し関西に移住。一児を育てながら、映画・演劇のレビューを中心にライター活動を開始。ライター名「umisodachi」としてoriver.cinemaなどで執筆中。サングラスが大好き。