あなたの変化に、そっと寄りそう

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【めがねと映画と舞台と】第38回『メランコリック』

【めがねと映画と舞台と】第38回『メランコリック』

| 八巻綾(umisodachi)
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銭湯はお好きですか? 私個人は大きいお風呂が好きなものの、銭湯にはあまり行ったことがありません。実家の近くに銭湯がなかったせいでしょうか。いま住んでいる町には銭湯があり、友人たちは定期的に利用しているそうです。子供が寝た後でふらっと足を運んだり、ジョギングの終わりに立ち寄ったりと利用するタイミングは様々ですが、友人たちは口を揃えて「家のお風呂では味わえない癒しが得られる」と語ります。

今回ご紹介する『メランコリック』は、銭湯を舞台にした一風変わった作品です。東大を卒業後も定職につかずにアルバイトを転々としていた和彦は、ひょんなことから銭湯でアルバイトをすることになります。近所に住む元同級生・百合の来訪を心ひそかに楽しみにしつつ、のんびりと勤務していた和彦でしたが、あるとき銭湯が閉店後に行なっていた裏稼業を知ってしまいます。それは、拉致してきた人間を殺して処理するという衝撃的な仕事でした……。

【めがねと映画と舞台と】第38回『メランコリック』

今あらすじを読んだあなたは、不穏な空気に充ちたバイオレンス映画を想像したのではありませんか? 誰もが「ヤバい事実を知った和彦は消されるのでは?」と想像しますよね。ところがどっこい、『メランコリック』は従来の犯罪映画とは全くテイストの違う作品に仕上がっているのです。

「バイトの先輩が実は殺し屋で、職場で殺人と死体遺棄を遂行していた(店主公認)」という情報量が多すぎる秘密を知った和彦は、恐怖におののき……ませんでした。このスリリングな非日常的事実に興奮し、秘密の共有者になったことに喜びすら覚えたのです。同時にバイト採用された年下の青年・松本の方は知らない「ヤバい秘密」を、自分だけが共有することを許されたという優越感で、和彦の自己承認欲求は満たされます。しかし、それも刹那的なものにすぎませんでした。

【めがねと映画と舞台と】第38回『メランコリック』

なんと、ただのバイト仲間だと思っていた松本も実は殺し屋で、そもそも裏稼業を継続するために採用されていたのです。秘密の共有者どころか、自分だけが蚊帳の外だったことを知り、ややへこむ和彦。でも、自分は殺し屋ではないので仕方がないと、淡々と表業務と裏業務を手伝う日々が始まります。

『メランコリック』は、非現実と現実的要素が絡み合って成立している作品です。銭湯での殺人なんてどう考えても非現実的な設定ですし(効率的なのは確かですが)、殺しのシーンでもおびただしい血が流れるわけではありません(だからなのか、直接的な殺人シーンが多いにも関わらずR指定はついていません)。しかし、先輩の殺し屋としての所作が妙にリアルで生々しかったり、秘密を知ってからの和彦の心の動きにやけに共感してしまったりと、異様に説得力がある部分も多いのです。そのズレが絶妙で、和彦たちの状況が行き詰まるほど劇場が笑いに包まれていきました。「よく考えるとあり得ない設定」という軸に、ものすごく「ありそう」な細部が肉づけされていると言えばよいでしょうか。大袈裟でなく、初めて味わう感覚でした。

【めがねと映画と舞台と】第38回『メランコリック』

映画のポスターの写真でも明らかなように、主人公の和彦はめがねをかけています。演じている役者は正統派のハンサムなのですが、和彦はイケメンとはかけ離れた冴えないキャラクターです。といっても、やたらと攻撃的なわけでも、とんでもなく内気というわけでもありません。特段オシャレでもないですが極端にダサいわけでもなく、人見知り気味ではあるものの、話しかけられればコミュニケーションも取ります。家庭環境が複雑というわけでもなく、恋愛もします。本当に普通。ちょっと冴えない東大卒の青年でしかありません。

『メランコリック』にはもう1人の主人公とも言うべきキャラクターがいます。それは、バイト同期の松本。金髪で学歴もなく、なんだかチャラチャラした雰囲気の青年です。自分よりも年下の松本に、和彦は当然のようにやや上からのポジションを取ります。めがね・黒髪・高学歴の和彦と、めがねなし・金髪・学歴なしの松本は、経歴・育ち・性格までなにもかもが対照的。松本もプロの殺し屋だと判明してからの2人の関係の変化もまた、本作の重要な軸のひとつです。

【めがねと映画と舞台と】第38回『メランコリック』

『メランコリック』は、「こういう映画」と説明するのがとても難しい作品です。「ラスト〇分であなたは絶対に驚愕する!」といったタイプの映画ではないし、抱腹絶倒のコメディ映画と言い切ることもできません。ただひとつだけ確信をもって言えるのは「めちゃくちゃ面白い」ということだけ。アップリンク吉祥寺の快適なシートに座ってエンドロールを見つめながら、私はしばし浸ってしまいました。公開日から間もない時期に、この作品を鑑賞できたという優越感に!

映画『メランコリック』

【めがねと映画と舞台と】第38回『メランコリック』

アップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ港北ニュータウンほか全国順次公開中


監督・脚本・編集:田中征爾
出演:皆川暢二、磯崎義知、吉田芽吹、羽田真、矢田政伸、浜谷康幸、ステファニー・アリエン、大久保裕太、山下ケイジ、新海ひろ子、蒲池貴範 他
撮影:髙橋亮
助監督:蒲池貴範
録音:宋晋瑞、でまちさき、衛藤なな
特殊メイク:新田目珠里麻
TAディレクター:磯崎義知
キャスティング協力:EIJI LEON LEE
スチール撮影:タカハシアキラ

製作:OneGoose
製作補助:羽賀奈美、林彬、汐谷恭一
プロデューサー:皆川暢二

宣伝:近藤吉孝(One Goose)
ポスターデザイン:五十嵐明奈
後援:VーNECK、松の湯
宣伝協力:アップリンク
配給:アップリンク、神宮前プロデュース、One Goose

(2018年/カラー/日本/DCP/シネスコ/114分)

『メランコリック』公式サイト
公式Twitter
公式Instagram