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【伊藤美玲のめがねコラム】第84回「めがねをかけたプリンセスの話に思うこと」

【伊藤美玲のめがねコラム】第84回「めがねをかけたプリンセスの話に思うこと」

| 伊藤 美玲

これまで、想像したこともありませんでした。いや、想像できなかった、というほうが正しいかもしれません。「めがねをかけたプリンセス」なんて……。

そんな新たな気づきを与えてくれたのが、「ローズ姫と黄金のめがね」という絵本です。

きっかけは、1通の手紙から

この本の作者は、イギリスに住む11歳(本国で出版当時)の女の子、ロウリー・ムーアさん。刊行のきっかけは、彼女が9歳の頃に映画会社へ宛てた手紙だったといいます。

わたしは美しいプリンセスたちが大好きです。
でも、めがねをかけたプリンセスはひとりもいません。
めがねをかけたわたしは美しくないのかと思ってしまいます。
わたしと同じように悲しむ子のためにも、
どうかめがねをかけたプリンセスを作ってください。

残念ながら映画会社からの返事はなかったのですが、この手紙をロウリーさんの母親がネットにアップしたところ、瞬く間に話題に。たくさんの人から共感の声が届くなか、そのひとりであったイラストレーターのナタリー・オーウェンさんの協力もあり、この絵本が出来上がったのだそうです。

じつはこの話、数年前にTwitterなどでも話題になっていたので、覚えている人もいるのではないでしょうか。私もこの本の内容がとても気になっていたのですが、このたび待望の日本語翻訳版が発売されました。

めがねをかけることへの葛藤

【伊藤美玲のめがねコラム】第84回「めがねをかけたプリンセスの話に思うこと」

著者のロウリーさんと同じように、私も子どもの頃からめがねを必要としたひとりです。めがねをかけ始めたときは、いつもと違う自分に少し気恥しさを感じるもの。そんなとき、周囲の人たちから「めがねを掛けていないほうが可愛い」「子どもなのに、めがねなんてかわいそう」なんて言葉をかけられたら……。めがねをかけなければ見えないのに、どうしてそんなことを言われなくちゃならないのでしょう。

映画会社に手紙を書いたロウリーさんが求めていたのは、きっと「あのプリンセスは、めがねをかけていて美しいよ」と胸を張っていえる憧れの存在。めがねをかけている子どもにとって、そんなシンボルがいてくれたらどんなに心強いか……。

そんなロウリーさんが描いたのは、自分がめがねをかけていることに葛藤する等身大のプリンセス、ローズ。物語は、ローズの母親が誕生日プレゼントにめがねをプレゼントしてくれる場面から始まります。楽しいはずの誕生日、「めがねなんてかけたら、本物のプリンセスになれないわ」と囁くもう一人の自分が現れ、ローズは悲嘆にくれます。

この声は、まさに世間のめがねに対する偏見そのもの。現実の世界においても「めがね、かけないほうがいいんじゃない?」というストレートな言い方はおろか、「あれ? 今日はめがねなんだ」といった何気ない言葉にさえも、「めがねをかけていることは、かけていないときより見た目が劣っている」という意味を感じ取ってしまうことだって少なくありません。そして思うのです。「めがねの在り・無しだけで、なぜとやかく言われなくてはいけないの?」と。

ローズ姫の葛藤は、きっとロウリーさんの葛藤そのものだったのでしょう。でも、ロウリーさんは、自身に寄せられた多くの共感の声に勇気づけられたといいます。それはまるで、ローズ姫が冒険の末に「本当の美しさ」に気がついたように。
だからこそ「めがねをかけたあなたは美しい」というこの本に込められたメッセージは、同じ葛藤を抱く人の心にリアルに響き、巻頭を飾るロウリーさんの笑顔とともに説得力をもつのだと思います。

【伊藤美玲のめがねコラム】第84回「めがねをかけたプリンセスの話に思うこと」

この葛藤が、過去のものになることを願って

冒頭でも触れたとおり、これまで自分のなかで“めがね”と“プリンセス”が結びつくことはありませんでした。それはやはり、子どもの頃から“めがねをかけたプリンセス”を目にしたことがなかったということがひとつ。それに加え、もしかしたら「女性は、めがねをかけないほうが美しく見られる」という意識が心の奥底に横たわっていて、その現実を「仕方がないこと」と諦めていたのかもしれません。

だからこそ、めがねをかけているプリンセスがいないことを素直に疑問に思い、手紙で直談判し、本まで出版したロウリーさんの行動力を私は称えたい。そしてこの本が、めがねをかけている子どもの救いとなればと、心から願います。

【伊藤美玲のめがねコラム】第84回「めがねをかけたプリンセスの話に思うこと」

この本の登場も含め、私が子どもの頃と比べたら時代はだいぶ変化してきました。ディズニーアニメ「ちいさなプリンセス ソフィア」には、主人公のクラスメイトとしてめがねをかけたプリンセスが登場しています。彼女は、めがねをかけていることを思い悩むこともありません。
こうしたものをごく自然に目にしている子どもたちが大人になる頃には、めがねに対する意識がさらに変わっているかもしれない。将来このコラムを読んだ我が子に「お母さん、めがねで葛藤とか意味わかんないんだけど」、なんて言われたら本望です。