【伊藤美玲のめがねコラム】第61回「自分のなかの”当たり前”を疑う」
先日、めがねに関する取材を受けていたときのこと。検査に力を入れているショップについて話が及んだところ……、
「めがねを作るときの検査って、大事なんですか?」
インタビュアーの方にこう聞かれた私は、「もちろん大事です!」と言ったあとに、うまく言葉を続けることができませんでした。
というのも、めがねを作るにあたり“検査が重要である”ということは、自分にとって当たり前のことになっていたから。まさか、こうした質問を受けるとは予想していなかったのです。
と同時に、驚いてしまった自分に対して反省しました。ライターとしては、自分のなかの“当たり前”に対しても、きちんと説明する言葉を用意しておくべきだったわけで。基本的なことこそ、しっかり答えられなければいけないのに……。
たしかに、検査が重要だということを知らなければ、そしてその価値を感じなければ、検査に時間がかかることをマイナスに思う人だっているかもしれません。だとしたら、そうした人たちが検査時間の短さを売りにしているお店に行くのは当然のことです。
私は、めがねに限らず健康診断などでも検査項目が多かったり時間をかけてもらったりするほど安心するタイプなのですが、その一方で、なるべくなら検査は短かいほうがいいと思っている人もいるはずで。
自分の物差しばかりで物事を見ているようでは、いくら発信していても相手の心には届かないでしょう。
ちなみに、先の質問に対しては「快適に見えるめがねを作るためには、レンズの選定や度数の決定がとても重要。覗くと気球の画像が見える機械による検査だけでは、最適な度数は導き出せません。
自分のライフスタイルに合わせ、ラクに見える度数にしてもらうと目の負担が少なくてすみますし……」云々、と説明したけれど、ちょっと長くなりすぎてしまったかしら?
きっと、日々たくさんのお客さんに接しているお店の皆さんは、もっと簡潔でわかりやすい回答をお持ちのことと思います。
「鯖江産のめがねだから質が高い」
「両眼視検査をやっているお店がオススメ」
「このめがねは調整幅があるからフィッティングしやすい」
などなど。こうした表現は、めがね業界にいるとついつい使ってしまいがちです。
でも、めがねに関する知識を持ち合わせていなければ、「なんで鯖江産だから良いのか」、そもそも「質が高いというのは、具体的に何がどう違うのか」ということもわからない。
「両眼視検査」の話をいきなりされても、そもそも検査の重要性を感じていないのであれば響かないだろうし、「調整しやすいめがね」についても、そもそもめがねは調整が必要ということを知らなければ、その魅力が伝わらないわけで……。
これまで、めがねの専門誌以外ではなるべくわかりやすい表現を心掛けていたつもりだったのに。約30年めがねを使い続けるなかで、思いのほか自分のなかでの“当たり前”が多くなってしまったのかもしれません。
一度“当たり前”となってしまうと、いざ説明しようとするときに曖昧な表現しかできないことが多いもの。こうした説明によって「めがね=わかりにくい」という印象を与えてしまわないように、もっともっと基本的なことからかみ砕いてきちんと説明できる言葉を用意しておこう。
改めてそう思ったのでした。
東京都生まれ。出版社勤務を経て、2006年にライターとして独立。メガネ専門誌『MODE OPTIQUE』をはじめ、『Begin』『monoマガジン』といったモノ雑誌、『Forbes JAPAN 』『文春オンライン』等のWEB媒体にて、メガネにまつわる記事やコラムを執筆してい る。TV、ラジオ等のメディアにも出演し、『マツコの知らない世界』では“メガネの世 界の案内人”として登場。メガネの国際展示会「iOFT」で行われている「日本メガネ大賞」の審査員も務める。