【めがねと映画と舞台と】第30回『家(うち)へ帰ろう』

定期的に映画を観る人であれば、友人から「最近のおすすめ映画は?」と尋ねられる機会も多いもの。かくいう私も頻繁に聞かれるのですが、その度に少し悩みます。万人受けするわかりやすいエンタメ作品を薦めるべきなのか?頭を使いながら楽しめるクライムサスペンスの方が好みなのか?泣ける作品?オシャレな作品?それとも、実は硬派な社会派作品が好きだったりするのか?……映画を観る習慣がない相手に対して、好みを探り当てるのはなかなか難しいですよね。

『レディ・プレイヤー・ワン』は文句なしに面白い映画だけれど、ゲームやアニメにまったく興味がない人だと楽しめないかもしれない。『ア・ゴースト・ストーリー』は超傑作だけれど、映画に慣れていない人には退屈かもしれない。『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』はストーリーの力強さに加えて抜群の映像美が味わえる名作だけれど、暗くて地味だと思うかもしれない。そんなことが頭の中をグルグルと巡り、いつも答えに窮してしまうのは私だけではないと思います。

しかし、ごくたまに「これは誰にでもオススメできる傑作だ!」と膝を打ちたくなる作品に出会えることがあります。幸運にも、2019年の年明け1本目でそんな作品に遭遇することができました。それが、今回ご紹介するスペイン・アルゼンチン合作映画『家(うち)へ帰ろう』です。

© 2016 HERNÁNDEZ y FERNÁNDEZ Producciones cinematograficas S.L., TORNASOL FILMS, S.A RESCATE PRODUCCIONES A.I.E., ZAMPA AUDIOVISUAL, S.L., HADDOCK FILMS, PATAGONIK FILM GROUP S.A

ポーランドで生まれ、現在はアルゼンチンで暮らしている88歳の元仕立て屋アブラハムは、自分を老人ホームに入れようとする子供たちの目を盗み、ひとりヨーロッパへと旅立ちます。彼にはホロコーストを生き抜いたという過去があり、かつて瀕死の自分を救ってくれた幼馴染に、自分が仕立てた最後のスーツを渡すという目的がありました。しかし、マドリッドに降り立ったアブラハムは、早速思いがけないトラブルに見舞われてしまい……。

主人公のアブラハムは、偏屈でちょっと面白いおじいさんです。片方の足が不自由で、家族から再三手術をすすめられていますが、頑として首を縦にふりません。それどころか、症状が悪化して変色している足にニックネームをつけ、いとおしんですらいます。一言でいうと変人ですね。88歳という老体に加えて、ろくに動かない脚を抱えているアブラハムの長い旅は、当然スムーズにはいきません。

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スペイン入国の時点で引っかかり、マドリッドでは乗るはずの列車に乗り遅れた上に持ち金をごっそり盗まれ、ようやく列車に乗れたと思ったら「ドイツは通りたくない」と駄々をこね、ついには倒れて病院に担ぎ込まれてしまうアブラハム。そもそも、生きているのかもわからない友人に会いに行くという目的自体が無謀です。しかし、トラブルに見舞われるたびに、誰かがアブラハムを助けてくれるのです。

飛行機で隣に座った青年、宿屋の女主人、列車経由地で出会ったドイツ人学者、担ぎ込まれた病院で担当してくれた看護師。彼らはアブラハムに親しみを持ち、目的達成のために奔走します。アブラハムが可哀想だからではありません。アブラハムとの会話から彼の人間性に惹かれ、そんな人柄の裏に隠された壮絶な過去に衝撃を受けたからです。アブラハムが出会う人々と交わす会話はどれもウィットに富んでいて軽妙で、各キャラクターの魅力をキラキラと輝かせます。

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そして、現在パートが軽快でユーモラスであればあるほど、過去パートの陰は濃くなります。裕福だったアブラハムの家族が辿った運命は、あまりにも残酷でした。偏屈で面白くて意志の強いアブラハムという人物の背後に、いつしか激しい怒りと深い哀しみが見えてきたとき、私は途方もなく大きい何かに打ちのめされたような気持ちになりました。

さて、そろそろ肝心のめがねについて触れないといけませんね。本作にも、めがねをかけた人物が登場します。しかも、最も重要なキャラクターとして。それは、ナチスの手から命からがら逃れてきたアブラハムを受け入れ、懸命に看病してくれた親友。そう、アブラハムの長い旅の目的そのものです。

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ホロコーストを描いた作品ではありますが、本作の回想シーンはそんなに多くはありません。幸せだった日常と、ホロコースト逃亡後の生活が少し描かれるだけ。他の出来事については、すべてアブラハムのセリフとして語られます。青年時代のアブラハムは精悍な印象のハンサムで、親友は物静かな雰囲気の美青年。ボロボロになってベッドに横たわるアブラハムと、言葉少なに淡々と看病する親友の姿は、まるで少女漫画の1シーンのようです。静かに、しかし堅く信じ合う親友たちを描いた耽美的な回想シーン。【偏屈なおじいさんのロードムービー】というイメージからは想像もつかない美しさに、思わずドキドキしてしまうこと間違いなしです。

アブラハムは、旅の中で過去の様々な葛藤や後悔を乗り越えていきます。88歳にしてなおも成長を遂げていくアブラハムの姿は清々しく、威厳に満ちてすらいます。特に、ドイツパートの素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものがありました。

秀逸なコメディであり、親友探しというある種のミステリーであり、極めて精緻な会話劇であり、明確なメッセージ性を持って戦争を描いた社会派作品であり、さらには大きな感動を呼ぶヒューマンドラマでもある『家(うち)へ帰ろう』。これぞ、正真正銘の【誰にでもオススメできる名作】だと思いませんか?欠けている要素はホラーとアクションくらいでしょうか。絶対に損はさせないと断言できる傑作です。ところで、めがねの親友とは再会できたのかって?もちろんそれは……秘密です。

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映画『家へ帰ろう』

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シネスイッチ銀座ほか全国順次公開中

監督・脚本:パブロ・ソラルス
音楽:フェデリコ・フシド (『ネルーダ 大いなる愛の逃亡者』『瞳の奥の秘密』)
撮影:フアン・カルロス・ゴメス

出演:
ミゲル・アンヘル・ソラ (『タンゴ』『スール その先は…愛』)
アンヘラ・モリーナ(『ライブ・フレッシュ』『シチリア!シチリア!』『題名のない子守唄』)
オルガ・ボラズ、ユリア・ベアホルト、マルティン・ピロヤンスキー、ナタリア・ベルベケ

2017年/スペイン・アルゼンチン/スペイン語/カラー/スコープサイズ/5.1ch/93分/原題:EL
ULTIMO TRAJE/

『家へ帰ろう』公式サイト