【めがねと映画と舞台と】第36回『新聞記者』
先日行われた参議院選挙には投票しましたか? 48.8%という低い投票率に落胆した方も多いのではないでしょうか。私もかなりガッカリしました。映画界では6月末に公開された邦画『新聞記者』がロングランヒット中だったので、世間の政治への関心も高まってきたと思い込んでいたからです。
藤井直人監督による社会派サスペンス『新聞記者』は、日本映画としてはかなり踏み込んだ内容になっています。ある官僚の自死の裏に隠された医療系大学新設計画の闇を巡って、若き新聞記者と内閣情報調査室に勤める若き官僚が奮闘・葛藤するストーリー。実際に起きた政治スキャンダルそのままのエピソードも多数登場し、かなり直接的に今の政治を批判する内容に仕上がっています。
主人公のひとりである若き官僚・杉原が勤務している内閣情報調査室は、文字通り情報を操作する機関です。暗いオフィスにはずらっとPCが並び、スーツ姿の官僚たちがSNSを駆使して情報操作を行っています。政府にとって不都合な事実があれば、故意にフェイク情報を流して新たな真実を捏造し、世論をコントロールするのです。指示されるままに情報コントロールを行なっていた杉原でしたが、かつての上司が投身自殺したことをきっかけに、大きく心境を変化させていくことになります。
一方、アメリカ育ちの新聞記者である吉岡は、新聞社に届いた告発書類を元に医療系大学新設計画の調査に乗り出します。なんとなく胡散臭さを感じていた矢先、プロジェクトの元責任者が投身自殺。直感的に重大な裏があると感じた彼女は、ますます真相究明にのめり込んでいきます。
告発書類を新聞社に送ったのは誰なのか? なぜ杉原の元上司は自殺したのか? というのがミステリーのカギとなるわけですが、主人公たちの前に大きく立ちはだかる壁として登場するのが、本作のめがねキャラである多田です。
多田は、内閣情報調査室の責任者。杉原の現在の上司です。国民に流す情報を完全に牛耳っている影の権力者で、冷酷かつ高圧的に杉原を操ろうとします。情報の価値や効果を瞬時に判断し、無駄のない指示をする多田。ときには部下や敵対者のプライベートを利用して、脅迫ギリギリの交渉を繰り広げることもあります。常に冷静な多田が身に着けているのは、細いフレームのクールなめがね。その奥で冷たく光る目は残酷さを宿し、ひと睨みしただけで相手を絶望の淵に落とすほどの迫力があります。
『新聞記者』は、吉岡と杉原が政治の歪みを見事に暴くといった、わかりやすい勧善懲悪の物語ではありません。スカっとさせるためではなく、問題を直視させ、観客ひとりひとりに考えさせることを目的とした映画です。
エンドクレジットを眺めながら感じるのは、確かにそこにあるとしか思えない強大な闇。多田が杉原に対して最後に放った言葉が頭の中でリフレインし続けたのは、きっと私だけではないでしょう。「この国の民主主義は形だけでいいんだ」
映画『新聞記者』
出演:シム・ウンギョン、松坂桃李、本田翼、岡山天音
西田尚美、高橋和也、北村有起哉、田中哲司
監督:藤井道人
脚本:詩森ろば 高石明彦 藤井道人
音楽:岩代太郎
原案:望月衣塑子「新聞記者」(角川新書刊)河村光庸
配給:スターサンズ/イオンエンターテイメント