【めがねと映画と舞台と】第21回『シェイプ・オブ・ウォーター』
先日、第90回米国アカデミー賞が発表されました。栄えある作品賞を受賞したのは、ギレルモ・デル・トロ監督の手による異色のラブストーリー『シェイプ・オブ・ウォーター』!言葉を発することができない女性と、半魚人との純度の高い恋物語です。しかし、もちろんそれだけではありません。今回は『シェイプ・オブ・ウォーター』をテーマに取り上げ、本作に描かれているメッセージについて検証したいと思います。
物語の舞台は1962年のアメリカ。政府の極秘機関で夜間清掃員をしているイライザは、言葉を発することができない女性です(耳は聞こえています)。内向的な性格ですが、隣に住むゲイの画家ジャイルズや、職場仲間のゼルダら良い友人にも恵まれて穏やかな日々を過ごしています。
ある日、研究のためにアマゾンから連れてこられた謎の生き物に対して直感的に興味を抱いたイライザは、こっそりとコミュニケーションを試みます。手話や音楽を使って徐々に心の距離を近づけているイライザと謎の生き物【彼】。しかし、責任者のストリックランドは生き物を虐待した上、実験の犠牲にしようとしていました。
そのことを知ったイライザは【彼】を救おうと思い立ちますが……。
言葉を発することができないということもあって、誰にも注目されることなくひっそりと生きてきたイライザ。社会的弱者である”彼女”と、現地では信仰の対象だったという人間のような魚のような【彼】。理屈抜きであっという間に惹かれ合う2人の間で言葉が交わされることはありません。手話や音楽や視線や触れ合いといった様々なコミュニケーションが、2人にとっては言葉以上に雄弁に愛を語り合う手段となるのです。
幼いころの辛い経験によって発話を奪われたイライザ、ストリックランドらによって住処を奪われた上に命までも奪われそうになる【彼】、写真技術の進歩によって職を奪われ、ゲイであるために社会的な居場所を奪われたジャイルズ、支配的な夫によって人間としての尊厳を奪われているゼルダ、研究者としての信念を奪われかけているロシアスパイのホフステトラー博士。
『シェイプ・オブ・ウォーター』は、誰かによって大切なものを奪われた者たちの物語です。彼らはイライザと【彼】との絆を直感的に理解し、【彼】を逃がしたいというイライザの無謀な計画に巻き込まれ、結果的に協力することになります。
対して、彼らの敵となるストリックランドは一方的に奪う人物です。権力を持つ白人男性である自分は、神と似た姿をしているはずだとうそぶき、自分の支配下にある者を蹂躙し、情事の最中に妻の口を塞ぐ男。それでいて、自分よりも大きい権力にはめっぽう弱い男。『シェイプ・オブ・ウォーター』は、純度の高いラブストーリーであると同時に、【奪われる者】が【奪う者】に反逆する物語でもあるのです。(なお、神の名を口にするストリックランド、信仰の対象だった【彼】など、神の概念も本作の重要なテーマになっています)
そんな『シェイプ・オブ・ウォーター』において、めがねをかけている人物は2人。まずは、研究者でありスパイでもあるホフステトラー博士です。ステンレス製の無機質なめがねをかけているホフステトラー博士は、一見冷徹な研究者に見えます。
ロシアのスパイとして素性を隠しながら暮らしている彼ですが、イライザと【彼】が気持ちを通わせているのを目撃したことで大きく心を揺さぶられ、自分の立場を顧みない思い切った行動に出ることになります。
めがねをかけたもうひとりの人物は、イライザの隣人ジャイルズです。丸みを帯びた温かみのある茶色いめがねをかけたジャイルズは、ミュージカルを愛し、芸術を愛し、猫を愛する老紳士。イライザの親友であり、キリスト教でいうところの隣人愛を象徴するような人物です。ゲイであることで社会から疎外され、時代からも取り残されつつあるジャイルズは、イライザの気持ちに寄り添うと同時に、行き場を失った【彼】にもシンパシーを抱きます。そして重要なのは、ジャイルズこそがこの物語の語り部だという点でしょう。
『シェイプ・オブ・ウォーター』は、後の時代のジャイルズが過去の物語を語っているという設定になっています。つまり、すべてが芸術家であるジャイルズの創作かもしれないという余地を残しているのです。
柔らかく温かみのあるジャイルズのめがねを通して描かれる、ロマンチックでドラマチックなラブストーリー。【奪われた者】たちによる最高のサクセスストーリー。そんな風に本作を捉えてみると、この映画全体から放たれる愛と芸術への賛歌が聞こえてくるような気がします。
シェイプ・オブ・ウォーター オリジナル無修正版
6月2日発売
価格:2枚組ブルーレイ&DVD¥3,990+税
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