【めがねと映画と舞台と】第2回　映画『RENT/レント』

映画『RENT/レント』

第1回では映画『キングスマン』にフィーチャーした本コラムですが、第2回となる今回は、舞台の映画化作品を取り上げたいと思います。
作品名は、『RENT/レント』（2005年）。観察者の象徴としての「めがね」がテーマです。

1996年にオフブロードウェイで産声を上げた『RENT』は、わずか2か月後にはブロードウェイに進出し、5000回を超えるロングランを記録。プッチーニのオペラ『ラ・ボエーム』をニューヨークのイーストヴィレッジに置き換えた『RENT』は、貧困、ドラッグ、セクシャルマイノリティ、HIVなど、当時の若者のリアルを反映しているのが特徴です。ロックをルーツとした多彩な名曲たちも魅力。
現実から目を背けず、若者の魂の叫びを表現した『RENT』の世界観は、それまでのミュージカルに一石を投じ、ミュージカルの歴史を変えました。現在でも、熱狂的な支持を得て世界中で上演されている伝説的名作なのです。

『RENT』には様々な若者が登場します。貧困から住居の立ち退きを要請される者、恋に落ちる者、エイズで命を落とす者、異性愛者、同性愛者……。それぞれが悩みながら懸命に生きる1年間が描かれます。
『RENT』の登場人物の中で「めがね」の印象が強いのは、主人公で自称映像作家のマークです。（※舞台で上演される場合、カンパニーによってはマークがめがねをかけていないこともありますし、他のキャラクターがめがねをかけていることもあります。今回は、オフブロードウェイのオリジナルメンバーの多くが出演している映画『RENT/レント』を、本来の衣裳プランに沿ったものと判断して進めます。）

マークは恋人を別の女性に奪われた若者で、住まいまで奪われそうになっている状況にあります。自称映像作家ですが実質無職。同居中のミュージシャンのロジャーもスランプ中。マークは、彼の周囲の友人たちを動画におさめ、記録映画をつくろうと考えます。

『RENT』の主要登場人物おいて、マークだけがパートナーを持っていません。また、彼は貧困に苦しんではいますが、同性愛者でもなければ、HIV陽性でもなく、有色人種でもありません。彼は、ドラマチックな１年間を過ごす友人たちの姿を記録し続けますが、彼自身が差別を怖れたり、命の危機に怯えたりすることはないのです。

最初こそ資本主義や格差社会に対して仲間と共に怒りを抱いていたはずなのに、持ち込んだ映像をテレビ局に買われ雇われて働くうちに、資本主義の側から仲間をみつめる完全な「観察者」となってしまうマーク。最終的には自身の孤独をロジャーに指摘され、マークはテレビ局との契約を破棄して自分を取り戻すことに成功しますが、当事者から観察者へ、観察者からついには傍観者へと徐々に仲間と距離をとっていくマークは、主人公としては異質でしょう。

映画『RENT/レント』(2005年)において、めがねをかけているのはマークだけです。ロジャーとミミ、コリンとエンジェル、ジョアンとモーリーン、ベニーという仲間たちの中で、めがねはマークだけを浮き立たせます。それはドラマの中心にいる者たちに対して、マークが観察者であることを象徴しているかのようです。

マークはめがねと8ｍｍビデオカメラを通して仲間をみつめますが、観客である我々は、マークの目を通してイーストヴィレッジの若者たちをみつめます。そしてラスト、映し出された記録映画の中で微笑んでいるマークを見て、我々はハッとします。マークは常に「撮る側」にいたはずでした。しかし、自分の孤独や弱さを認め、改めて仲間の一員となることを選んだマークは「撮られる側」にもなったのです。

それは、孤独を認めるのを怖れて観察者であり続けたマークが、自ら当事者になることを受け入れたということ。映像の中にいるマークの微笑みを目にしたとき、終始観察者であり続けた観客もまた、マークと同じことに気づくはずです。「この若者たちは私と何も変わらない。私も人生の当事者なのだ。」