【めがねと映画と舞台と】第28回『マシュー・ボーン IN CINEMA/シンデレラ』

このところ、海外の演劇を映画館で観る機会が増えています。ミュージカル『ミス・サイゴン』25周年記念公演のような特別公演や、演劇作品の傑作を映画館で上映するプロジェクト【ナショナル・シアター・ライブ】など、映画館で舞台芸術に触れるチャンスはどんどん増えている印象。私のような舞台好きには何とも喜ばしい傾向です。今回ご紹介したいのも、そんな作品のひとつ。ジャンルはズバリ、バレエです。

皆さんはバレエというとどのような印象を持ちますか?キレイなチュチュを着て、つま先立ちするお上品な世界を思い描く人が多いかもしれません。しかし、最近のバレエは実にバラエティに富んでいます。中でも若いダンサーが好むのは、ドラマチックバレエといわれる演劇的要素が極めて強い作風。それらの作品では、剥き出しの感情表現や、直接的な恋愛表現も辞さないリアルな実感のこもった振付・演出も珍しくありません。

そんな風潮の中、世界中で個性的な振付家がどんどん現れているこの数十年ですが、もはやバレエという枠組みに収まりきらない作品も生まれています。今回のテーマ『マシュー・ボーン IN CINEMA/シンデレラ』も、そんな作品のひとつ。

© Illuminations and New Adventures Limited 2017.

振付・演出を手がけたのは、イギリス人演出・振付家マシュー・ボーン。男性のみで上演される『白鳥の湖』(映画『リトル・ダンサー』にも登場)などで知られ、ローレンス・オリヴィエ賞を5回受賞、トニー賞の優秀振付賞と最優秀ミュージカル演出賞も獲得しているコンテンポラリー・バレエ界のスターです。

マシュー・ボーンは、誰もが知る『シンデレラ』というストーリーに全く新しい解釈を加えました。プロコフィエフ作曲によるバレエ『シンデレラ』が初めて上演されたのは1945年。つまり、その製作期間は第2次世界大戦中だったということです。このことに着想を得たマシュー・ボーンは、『シンデレラ』の舞台を第2次世界大戦中のロンドンに置き換えました。

主人公のシンデレラは、丸めがねをかけた野暮ったい女の子。車椅子に乗った生気のない父親と肩を寄せ合い暮らしています。家庭内を牛耳っているのは、もちろん意地悪な継母。意地悪どころか、迫力がありすぎて禍々しいオーラすら感じる強烈なキャラクターで、自分の子どもたちとシンデレラを露骨に差別し、シンデレラを虐げます。義理の姉妹・兄弟も2人どころではなく、なんと5人!中には、シンデレラに対して性的にちょっかいを出してくる義兄もいたりして、シンデレラがかなり悲惨で暗い環境に置かれていることが冒頭から示されます。

© Illuminations and New Adventures Limited 2017.

しかし、マシュー・ボーン版のシンデレラは泣いているだけの弱々しい女性ではありません。義母の姿が見えなくなった途端、こっそり義母の毛皮を羽織って踊ったり、いじめに対しても抗議を示したりと、内に秘めた意志の強さはなかなかのもの。そんなある日、負傷したパイロット(王子)が家にやってきて、シンデレラは恋に落ちます。ちなみに、シンデレラの恋に救いの手を差し伸べるのは、魔法使いのおばあさんではなく、白い衣裳をきた美青年(エンジェル)です。

© Illuminations and New Adventures Limited 2017.

パイロットが家を去り、継母と義理の兄弟姉妹がシンデレラを置いてパーティに出かけてしまった後、シンデレラは荷物をまとめて家出をします。パイロットの姿を探しながらロンドンの街を彷徨うちに、ナチスの空襲を受け倒れてしまうシンデレラ。そこにエンジェルが現れて、純白のバイクに彼女を乗せ、時空を超えて空襲前のパーティ会場へと向かいます。美しくドレスアップしたシンデレラは、カフェ・ド・パリで行われているパーティで、パイロットと見事再会。一気に恋は燃え上がるのですが……。

© Illuminations and New Adventures Limited 2017.

カフェ・ド・パリは、ロンドンに実在したナイトクラブで、ナチスの空襲によって多数の被害者を出したことで知られています。魔法が解ける瞬間と空襲とを重ね合わせ、恋に落ちながらも運命に引き裂かれるシンデレラと王子のストーリーを見事に変身させたマシュー・ボーン版『シンデレラ』は、実に見ごたえのある作品でした。暗く沈んだ色彩と、毒々しいほどの悪意。煌びやかなバレエの世界とはおよそかけはなれた世界観をベースにすることで、シンデレラと王子の純愛や、エンジェルの神々しいまでの美しさが星のように輝き、大きな感動を生み出します。

そんな本作において、衣裳や小道具は非常に重要なアイテム。めがねも印象的に使われています。恋に落ちる前のシンデレラがつけている野暮ったい丸めがねや、気味の悪い義兄の変態性を表すようなめがね、空襲の後でシンデレラが入院する医師たち全員がかけている知的なめがね。このように、数多くのめがねが登場します。セリフがないバレエにおいて、パッと見ただけでキャラクターを特徴づける「めがね」というアイテムがどれほど有用かということが分かります。

© Illuminations and New Adventures Limited 2017.

中でもやはり印象的なのは、家の中で虐げられていた序盤と、継母の呪縛から逃れて自分の人生を手に入れた終盤の両方でシンデレラがかけていた丸めがねでしょう。序盤では彼女の自信のなさや野暮ったさを象徴しているように見えた丸めがねでしたが、終盤では彼女の素の姿を象徴しているように見えました。また、シンデレラと再会し、ようやく本当に望んでいるものを手に入れたパイロットも終盤でめがねをかけます。ややダサいめがねをかけたまま見つめ合い、口づけを交わすふたりの姿は、微笑ましくてあたたかい雰囲気に満ちていました。ふたりのめがねはきっと、「着飾らないありのままの自分」のシンボル。私にはそんな風に感じられました。

まだまだ上映している映画館は限られているものの、日本にいながらにして海外の舞台芸術に触れることができるのは貴重です。特に、舞台芸術に興味があるけれど、敷居が高い感じがして踏み出せない方!映画館で試しに疑似体験してみてはいかがでしょう?

映画『マシュー・ボーン IN CINEMA/シンデレラ』

© Illuminations and New Adventures Limited 2017.

YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中

出演:アシュリー・ショー アンドリュー・モナガン ミケラ・メアッツァ リアム・ムーア アラン・ヴィンセント他
演出・振付:マシュー・ボーン
舞台・衣装デザイン:レズ・ブラザーストン 
照明:ニール・オースティン
サウンドデザイナー:ポール・グルースイス 
音楽:セルゲイ・プロコフィエフ
撮影時期:2017年 / 撮影場所:サドラーウェルズ劇場 / 上映時間:110分(インターバルなし)
配給:東北新社 クラシカ・ジャパン 配給協力:dbi INC 提供:MORE2SCREEN
『マシュー・ボーン IN CINEMA/シンデレラ』公式サイト