【めがねと映画と舞台と】第27回『教誨師(きょうかいし)』

2018年は、数多くの著名人が亡くなった年となりました。2月に全国を駆け巡ったのは、バラエティ番組などにも積極的に出演していた演技派ベテラン俳優急逝の報。そう、大杉連さんです。北野武監督作品をはじめとして、数えきれないほどの映画やドラマで強い印象を残してきた大杉連さんは、めがね姿がトレードマークの俳優でもありました。現在、そんな大杉連さんの最初にして最後のプロデュース作品が公開されています。タイトルは『教誨師』。もちろん、この作品でも彼は常にめがねを着用しています。今回は、大杉連さん最後の主演作でもある『教誨師』を取り上げたいと思います。

【教誨師】とは、服役中の囚人に対して、改心の手助けとなるために教えを説く者で、日本では主に宗教家がボランティアとしてこの役割を担っています。教誨師にはもちろん僧侶もいますが、受刑者がキリスト教を希望すればキリスト教の聖職者が担当となります。映画『教誨師』で大杉連さんが扮しているのは、プロテスタントの牧師。それも、教誨師となってまだ数か月の新米という設定です。

©「教誨師」members

佐伯という名の教誨師が面会するのは、6人の死刑囚。3人の中年男性、1人の老人、1人の中年女性、そして1人の若者です。映画を観ている私たちには、6人の罪状が全く知らされないまま、教誨師と彼らとの対話が繰り返されていくという構成になっています。

暴力団の組長、ホームレスの老人、よく喋る関西弁のおばちゃん、一言も口をきかない男性、気力をすべて失ったかのような男性、歪んだ使命感に支配されている青年。彼らと真摯に向き合い続けていく中で、佐伯にも徐々に変化が生じていきます。最初のうちこそ聖書の言葉を通じて彼らを諭していこうとしていた佐伯でしたが、彼らの苦しみや心の闇に触れるに連れて、自分自身とも対話せざるを得なくなっていくのです。佐伯の過去に一体なにがあったのか?死刑囚たちは、果たしてどのような罪を犯したのか?ゆっくりと円を描くように、物語は静かに深い部分へと進んでいきます。

©「教誨師」members

この作品を支えているのは、6人の死刑囚たちの強烈な演技と、それを受け止める教誨師役・大杉連さんの演技です。常にきちんとした身なりで聖書と讃美歌プレーヤーを携え、優しくも冷静に死刑囚と対峙する佐伯の顔には、いつもめがねが光っています。佐伯は決して逃げません。目の前にいる囚人が絶望に支配されていても、救いの手立てすら見いだせないほど妄想に憑りつかれていても。特に、最も若い死刑囚である高宮との対話で、佐伯は大いに苦しみます。相模原障害者施設殺傷事件の犯人をモチーフにしていると思われる高宮は、佐伯に様々な問いをつきつけます。その歪んだ正義感に対して、聖書の言葉や常識で対抗しようとする佐伯でしたが、悉く論破されてしまいます。それでも、佐伯は高宮を救いたい。だって、教誨師を希望してきたのは高宮本人なのだから。佐伯は【教誨師】としてではなく、剥き出しの【自分】として、高宮と対峙する道を選びました。佐伯と高宮の対話は、本作の核心を担うものであり、映画『教誨師』自体が 【罪と罰】【人間の尊厳】といった重いテーマから、「絶対に逃げない」という姿勢を表しています。そしてそれは、プロデューサーである大杉連さんの決意そのものなのだと思います。

©「教誨師」members

本作のポスターには、めがねをかけた大杉連さんの顔がワンショットで写っています。そして、映画の中で最も多くを物語っているのも、やはり大杉連さんの顔です。まっすぐにこちらの方を見据える大杉連さん。そのめがねの奥にある瞳は、何を見つめているのでしょうか。示唆に富むラストシーンを、あなたはどう読み取りますか?

映画『教誨師』(きょうかいし)

©「教誨師」members

絶賛公開中!

出演:大杉漣 玉置玲央 烏丸せつこ 五頭岳夫 小川 登/ 古舘寛治 ・ 光石 研
エグゼクティブプロデューサー:大杉漣 狩野洋平 押田興将
プロデューサー:松田広子
撮影:山田達也 照明:玉川直人 録音:山本タカアキ 美術:安藤真人
監督・脚本:佐向大
製作:TOEKICK★12 ライブラリーガーデン オフィス・シロウズ
2018年/日本/カラー/ 114分/スタンダード(一部、ヴィスタ)/ステレオ
配給:マーメイドフィルム、コピアポア・フィルム
宣伝:VALERIA、マーメイドフィルム
『教誨師』公式サイト