あなたの変化に、そっと寄りそう

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【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』

【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』

| 八巻綾(umisodachi)

「女の子なんだからお手伝いしなさい」「男の子なんだからそんな風に泣かないの」「女の子が脚を出すなんてはしたない」「告白は男からするものだ」……私たちは、どこの誰が言い出したかすらわからないイメージに捕らわれています。誰もがそんな呪縛から解放されれば生きやすくなるのに。そんな風に感じることはありませんか? 今回ご紹介する作品は、そんなあなたに観てほしいドキュメンタリー『この星は、私の星じゃない』です。

【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』
©︎パンドラ+BEARSVILLE

「MeToo」や「KuToo」といった運動によって、ジェンダー問題が叫ばれている昨今。男女間の賃金格差や性犯罪についてなど、さまざまな方向に女性の権利を見直す動きが続いています。実は、1970年代にも同じように女性の解放を主張した運動があったのをご存知ですか? しかも、かなり過激な言葉と行動によって。

1960年代後半にアメリカで起こった女性解放運動【ウーマン・リブ】は日本にも派生し、勢いづきました。その大きな契機となったのが、1970年に田中美津さんが発表した『便所からの解放』という文章です。「男にとって女とは母性のやさしさ=母か、性欲処理機=便所か、という二つのイメージに分かれる存在としてある。」という強烈な一文は多くの女性の共感を呼び、日本におけるウーマン・リブ運動のマニフェストとなりました。

『この星は、私の星じゃない』は、現在の田中美津さんを追った作品です。フェミニストというと、化粧っ気がなくて短髪のサバサバした女性か、怖い学校の先生のようにキツい女性をイメージする人が多いのでは? しかし、田中美津さんが与える印象は全く違います。小柄でオシャレ。めがねをかけた表情は柔らかく、周囲には穏やかな空気が流れているよう。ただ、知性に満ちた瞳の輝きと、信じられないくらい端的で理論的な語り口が、「ただ者ではないな」と思わせます。

【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』
©︎パンドラ+BEARSVILLE

ウーマン・リブ運動を牽引した後、田中美津さんはメキシコに渡ります。そのまま数年間をメキシコで過ごし、出産。幼い長男と2人で帰国してから鍼灸師の資格を取得し、現在は鍼灸師として現役で働いています。また、最近は沖縄の基地問題を解決すべく、度々座り込みのツアーも行っているそうです。カメラは、ウーマン・リブ運動時代のことから、育児のこと、現在の沖縄での活動について語る田中美津さんの言葉を捉え続け、さらには幼少期の辛い体験にまでたどり着きます。

いつからか、【フェミニスト】という言葉にネガティブなイメージを持つ人が増えた気がします。いや、もしかしたら1970年代に活躍した田中美津さんたちの時代から、ずっとネガティブなイメージを持たれていたのかもしれません。でも、『この星は、私の星じゃない』を観れば、彼女たちが特殊な人なんかじゃないことがわかるはずです。フェミニズムは、女が男に勝ちたい運動でもなければ、女が男になりたい運動でもありません。女でも男でも、そのどちらでもなくても、誰もが「自分自身の人生を生きる」ことができる世界を理想としているのです。誰かが勝手に作りだしたイメージを生きるのではなく、私だけの私らしい人生を。

【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』
©︎パンドラ+BEARSVILLE

田中美津さんは本作の中で、「たいしたことがない自分を認めること」と語ります。とてもパワフルに人生を切り拓いてきたように見える彼女も、育児の上では壁にぶつかり、無力な自分を実感しました。つい見栄を張ってしまう自分。子どもを見守ることしかできない自分。育児の悩みの中で、彼女は「たいしたことがない自分」を受け入れることを学びました。

一度フェミニストのカリスマという立場からも、日本からも距離を置いた田中美津さんだからこそ見える景色があり、語れる言葉があります。最終的にカメラは、田中美津さんが幼い日に体験したある出来事の分析へと至ります。自分自身の深い深い部分まで潜っていき、原体験となった傷と向き合う強さ。自分自身に嘘をつかない人間の強さには、目を見張るばかりです。

『この星は、私の星じゃない』で映し出される田中美津さんは、とても穏やかです。沖縄で個人的な抗議を受けても感情的になったりしませんし、鍼灸師としても活動家としても常に相手の心と体に耳を傾け、適切な言葉を選んで話します。そんな姿を見ているうちに、私は自分も彼女に話を聞いてもらっているような気持になりました。実際は、ただスクリーンを見つめているだけなのに。

【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』
©︎パンドラ+BEARSVILLE

私は、家庭の事情でキャリアを中断した経験があります。もちろん納得して選択したことですが、ときどき心が疼くこともあります。女性、母親、働く女性、専業主婦といった存在につきまとう世間のイメージに押しつぶされ、急に自信をなくしてしまう瞬間が訪れるのです。しかし、本作を観たことで、憑き物が落ちたようにスッキリした自分がいました。独自の経歴を持ち、自分自身にまっすぐに向き合っている田中美津さんの生き方が、私に勇気を与えてくれたのだと思います。

女性らしさ、男性らしさの呪縛に苦しんでいる人はもちろん、人生そのものに困難を感じている人もきっと、めがねの奥の田中美津さんの眼差しと、その言葉に何かを感じることができるはず。『この星は、私の星じゃない』は、田中美津さんが感じていた「生きづらさ」を象徴する言葉です。生きづらさを感じる全ての人に、この作品が届きますように。

【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』
©︎パンドラ+BEARSVILLE

映画『この星は、私の星じゃない』

【めがねと映画と舞台と】第41回『この星は、私の星じゃない』
©︎パンドラ+BEARSVILLE
1/18からは大阪・神戸で上映スタート!


監督・編集:吉峯美和
撮影:南幸男(『トークバック 沈黙を破る女たち』(13)、『Beautiful Islands ビューティフル アイランズ』(12))
整音・音響効果:朝倉三希子(『サイナームライ』(17)、『CUTIE HONEY TEARS』(16))
テーマ音楽:RIQUO
プロデューサー:中野理惠
出演:田中美津、上野千鶴子(『何を怖れる フェミニズムを生きた女たち』(15))、伊藤比呂美、小泉らもん、古堅苗

配給宣伝:パンドラ

『この星は、私の星じゃない』公式サイト
公式Twitter