第18回 『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』【めがねと映画と舞台と】
アカデミー賞のノミネート作品が発表になり、どの作品が獲るのかとソワソワしている方も少なくないと思います。しかし私にとっては、その後に待ち受けているトニー賞(6月発表)の方がさらに気になるアワードだったりします。
トニー賞は、ブロードウェイで上演された舞台作品の中からベストを決める賞。ミュージカルファンならば誰もが注目する、年の1度の祭典です。
そんな栄誉あるトニー賞の2015年度作品賞に輝いたミュージカルが、現在日本で上演されています。タイトルは『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』。
アメリカ人女性漫画家が執筆したコミックを原作とした自伝的ストーリーなのですが、一筋縄ではいかない複雑な作品になっています。ただでさえ難易度が高いこの作品を、日本人キャストが演じている今回の公演。先日実際に観てきましたが、実に見事な作品に仕上がっていました。そして、日本版上演では「めがね」が非常に印象的に使われていたのです。
『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』の主人公アリソンは、43歳の漫画家。そして、レズビアンです。自分がレズビアンであることと、父親もまた同性愛者で、今の自分と同じ43歳のときに自殺したということが語られ、観客はアリソンと家族との(特に父親との)思い出を、共に振り返っていくことになります。
舞台は彼女のナレーションで進行し、基本的に常に彼女は舞台上に存在しています。子ども時代の自分、大学に入学したての自分(それぞれ別の役者が演じます)の行動や、家族や周囲の人々との出来事を、ときどき「補足説明」(caption)を加えながら、観客と共に客観的に眺めていきます。(あくまでもアリソンの思い出なので、内容は主観でしかないのですが)
アリソンの家族はペンシルバニアの田舎町で葬儀業を営んでいますが、父であるブルースは葬儀業の傍ら高校の英語教師もしています。そして、古いものを修復するのが趣味。家族が住んでいる家も、古い館をブルースがひとりで修復したものでした。
美意識が高く、自分や家族の身なりに気を使い、家の中のインテリアや骨董品にも並々ならぬ強いこだわりを持つブルース。アリソンと二人の弟たちは、父親の理想に付き合いつつ、ほどほどに子どもらしく日々を楽しんでいました。しかし成長するに連れ、アリソンは少しずつ違和感を覚える瞬間を経験するようになります。
父に対しても、父と母の関係に対しても、自分自身に対しても。
【鍵の束】【地図】【数々の文学作品】【髪を留めるピン】といったアイテムが、ときに様々なことを想起させ、ときに伏線となり、この極めて個人的かつ特殊な物語を重層的に包み込んでいくのですが、いうまでもなく本作で最も重要なのは、父ブルースと娘アリソンの関係です。
ブルースとアリソンは似ています。2人とも芸術や文学を愛し、同じような感性を持っています。そして、どちらも同性愛者です。しかし、父は生涯それを秘密にし、娘はカミングアウトを選択しました。とてもよく似ているけれど、全く違う。自らを受け入れることができなかった父の人生に向き合い、娘は何を見出すのか。
『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』は、同性愛について真摯に扱った作品であると同時に、家族や人生そのものをテーマにした作品でもあります。観客はアリソンと視点を共有していますが、いつしか誰もが「これは私と私の家族の物語だ」と感じることになるでしょう。決して単純ではないけれど、誰の心にも必ず響く傑作。私はそう断言します。
さて、そんな『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』の劇中で、めがねはどのように登場するのでしょうか? 実は、父ブルースと語り部である43歳のアリソンは、二人ともめがねをかけているのです(なお、子供時代と大学時代のアリソンはかけていません)。
生前の父親と、父との関係に向き合う準備ができた成熟したアリソン。二人のめがねは、ごく自然に二人の存在をリンクさせます。
終盤、それまで過去の思い出を客観的に見つめるというスタンスをとっていたアリソンが、実際に当時の父親と肩を並べる重要なシーンがあります。また、とあるシーンでブルースはめがねを完全に外します。めがねをかけた同年齢のブルースとアリソンが並んでいる姿、また、ブルースが極めて象徴的にめがねを外す瞬間は、間違いなく演出上計算されたものでしょう。
それが何を意味しているのかは、実際に舞台を自分の目で見た上で、考えてみてください。観客の分だけ、その答えはあるはずです。
『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』
【公演日程】2018/2/7〜2/26
(詳細時間: http://www.tohostage.com/funhome/ticket.html)
『FUN HOME ファン・ホーム ある家族の悲喜劇』公式ホームページ
テレビ局で営業・イベントプロデューサーとして勤務した後、退社し関西に移住。一児を育てながら、映画・演劇のレビューを中心にライター活動を開始。ライター名「umisodachi」としてoriver.cinemaなどで執筆中。サングラスが大好き。