第19回 『いまを生きる』【めがねと映画と舞台と】
早いものでもう3月に入り、そろそろ卒業シーズンが近づいてきましたね。皆さんは、どのような学生時代を過ごしましたか? 印象的な先生はいたでしょうか?
私には、いました。中学3年生のときの担任の先生です。その先生は公民の教師でしたが、教科書をほとんど使わず、映画や新聞などを使って自由に授業をする人でした。刑事コロンボによく似た雰囲気の小柄なおじさんで、その変わった教育スタイルは生徒たちに大人気。しかし、斜に構えた可愛げのないティーンエイジャーだった私は、その先生のことを少し意地悪な目で見ていました。
「映画『いまを生きる』(1989年)のキーティング先生を真似しているんじゃないの?」
故ロビン・ウィリアムズの主演作のひとつである『いまを生きる』は、もう何度観たかわからないほど好きな作品です。2016年にオフ・ブロードウェイで舞台化されたことも話題になった普及の名作。全寮制の名門校に赴任してきた型破りな教師(キーティング先生)が、詩の朗読を通じて生徒たちに広い視野や生きる喜びを教えていくというストーリーで、文学少女だったローティーンの頃に本作を初めて観た私は、大いに刺激を受けました。
『いまを生きる』の原題は『Dead Poet Society』(死せる詩人の会)といいます。劇中で生徒たちが自主的に結成する朗読サークルの名前なのですが、それはそもそも、キーティング先生が学生時代につくった会でした。なお『いまを生きる』という邦題は、キーティング先生が最初の授業で学生たちに送ったラテン語の理念、『carpe diem』(今を生きろ)からきています。
キーティング先生に影響を受ける生徒たちは皆、厳格な家庭で育った優秀な若者たちです。若き日のイーサン・ホークをはじめとした男子学生たちのキャラクターも、本作の魅力のひとつ。その中にはもちろん、いわゆる「めがねくん」も存在します。
ひとり目は、病弱なガリ勉キャラのミークス。おとなしくて成績優秀という、いわゆる「めがねくん」キャラの少年です。控えめな性格で、いつも穏やか。しかし、意志が弱いわけではありません。あまり目立たないミークスですが、彼もしっかり成長しているのだということは、本作を観ているうちにわかります。
そして、『いまを生きる』を語る上で外せないのが、リーダー格のニールです。好奇心旺盛で課外活動にも積極的。『死せる詩人の会』の発足も彼の発案でした。ちなみに、ニールは普段めがねをかけていませんが、教科書を読んだり勉強したりするときにはめがねをかけます。めがねをかけ、書物に視線を落とす静かなイメージと、瞳をキラキラさせてアイデアや希望を語るエネルギッシュなイメージとのギャップはかなりのもの。そして実際、彼はふたつの極端な面を持つキャラクターなのです。
学校の中では、皆を鼓舞して自分のペースに巻き込むようなカリスマ性を持ち、友達思いで人気者。芸術的なセンスもあり、キーティング先生に出会ったことで【俳優になる】という確固たる夢を抱くにいたります。しかし学校の外では、父親の厳格なコントロール下に置かれた従順な長男に変貌します。「医者になれ」という父の絶対的な命令に支配され、学校での姿が嘘のように萎縮してしまうニールは、やがて悲劇的な運命をたどることになります。
ニールやミークスの他にも、優秀な兄と比べられ両親からの愛を感じられない転校生や、ちょっと危なっかしい挑戦的な少年、生まれて初めての恋に落ちた少年など、『いまを生きる』には様々なタイプの若者が登場します。それぞれの若者が、キーティング先生の影響を受けてどのように変化し、成長を遂げるのか。一瞬を見逃すことすら惜しいほどに、キラキラと輝く青春が詰まった作品です。ラストまで観た後、きっとあなたの心の中にも深く刻まれる作品として残り続けることになるでしょう。
ところで、私が中学生のときに素直に慕えなかったあの先生は、今でも同窓生たちの間で「最高の先生だった」と語り継がれる存在になりました。キーティング先生のように、一生心に残る教師となった彼は、引退した今でも、年に一度母校で平和についての講演会を行い、多くの人々に感動を与えているそう。あの頃の私に、「もう少し素直になったら?」と囁いてきてあげたいなと、少し後悔している自分がいます。まさに『いまを生きる』の少年たちがそうしたように。
『いまを生きる』
©2011 Buena Vista Home Entertainment, Inc.
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