【めがねと映画と舞台と】第34回『アメリカン・アニマルズ』
誰にでも、若気の至りとしか言いようのない思い出があると思います。「盗んだバイクで走りだす」とまではいかなくても、夜通し騒いだとか、夜のプールに飛び込んだとか、ちょっとここでは書けないようなことだとか、それなりのエピソードを持っている方も多いのでは?
倫理的に外れたことができなかったヘタレな私は、夜の公園で夜な夜なドロケーをした程度の記憶しかありませんが(大学生時)、大なり小なり「やらかした」過去を胸に秘めている人は少なくないと思います。
今回ご紹介する映画『アメリカン・アニマルズ』は、若気の至りから「やらかした」大学生たちの実話です。
問題は、彼らの行動がまるで笑えない結末を迎えてしまったこと。冒頭で表示される「This is not based on a true story.」という文の中の数単語が消え、「This is a true story.」と示されてからスタートする本作は、極めてユニークな構成の作品でした。
2004年アメリカ・ケンタッキー州。大学に入学したものの刺激がない日々に退屈していたウォーレンとスペンサーは、ある犯罪計画を思いつきます。それは、スペンサーが通う大学の図書館に保管されている希少本を強奪するというもの。
アメリカの鳥類を描いた画集『アメリカの鳥類』の時価は1200万ドル。2人は脱出ルートや密売ルートなどを探りながら、強奪計画に熱中していきます。
秀才エリックと学生実業家チャズにも声をかけ、有名なクライムサスペンス映画を参考に計画を練っていく学生たち。いよいよ決行の日がやってきますが……。
『アメリカン・アニマルズ』には、なんと実際の犯人が出演しています。俳優が演じるドラマパートと、犯人や犯人の家族たちが事件を回想するインタビューパートとが複雑に入り組み、いわばフィクションとドキュメンタリーのハイブリッドのような作品に仕上がっています。
面白いのは、記憶の曖昧さや主観の違いも巧みに表現されている点。人によって少しずつ異なっている記憶の断片が、そのまま映像に反映されているのです。どういうことなのかは、実際にその目で確かめてみてください。今までにはない映画体験が待っています。
さて、それでは『アメリカン・アニマルズ』におけるめがねに話を移しましょう。希少本強奪に挑んだのは、絵の才能に恵まれた画家志望のスペンサー、破天荒ながら仲間想いのウォーレン、FBI志望で物静かな理系男子エリック、資産家の息子で実業家でもあるソフトマッチョのチャズの4人。この中でめがねをかけているのはエリックです。
賢くて冷静なエリックは、勢いで突っ走ろうとするウォーレンを度々制します。
これといって野心も欲もなさそうなエリックなのに、なぜ犯罪に手を染めることに同意したのでしょうか? もし捕まったら、少なくともFBIに入るという夢は完全に断たれてしまうでしょう。
エリックに限らず、その「なぜ?」こそが本作の根底にあるテーマです。
犯罪計画のきっかけとなったのは、スペンサーがウォーレンに語った「特別な経験をしたい」という思いでした。このまま平凡な人生で終わるのはイヤだ。自分は特別な人間だと信じたい。誰もが若いときに抱くそんな思いが、計画の大きな原動力になっていました。
そして、全員が心のどこかで「実際に実行されることはないはずだ」と信じていたことが示されます。
時代に名を残すようなことをしたいと夢見ながら、自分たちにそんなことはできっこない、そんなことをしてはいけないとも感じている。どこかでブレーキがかかったはずなのに、なぜかアクセルが踏まれ続けてしまった……自意識で爆発しそうな若者時代を経験したあなたならば、彼らの心理状態が理解できる気がしませんか?
そして、本作にはもう1人めがねをかけたキーパーソンが登場します。それは、彼らが襲った大学図書館で働いている女性司書ベティ・ジーン・グーチ(BJ)。
ターゲットである『アメリカの鳥類』を奪還するためには、保管室の主であるBJの動きを封じることが不可欠。彼らは、スタンガンを使って彼女をまず眠らせようと計画しますが、スタンガンの威力が弱かったために、最初の一歩から躓くことになります。
「本当に実行するのか?」という気持ちを半分抱えたまま計画を開始した実行役のウォーレンは、BJを眠らせることに失敗し、仕方なく彼女を暴力によって「無効化」します。
恐怖と怒りに震えるBJを縛り上げ、いざ盗難に移る瞬間、カメラはウォーレンの足元を映し出しました。そこにはBJのめがねが落ちていて、ウォーレンはそのめがねを踏みつけて破壊したのです。
BJのめがねが「パリン」と割れた瞬間、ウォーレンの迷いは消えたように見えました。単なるノリと悪ふざけだったはずの強奪計画は走り出してしまい、彼らのずさんすぎる計画はことごとく裏目に出ながら無常に突き進んでいってしまいます。
彼らが本を盗んだだけだったら、「アホな学生の悪ふざけ」で済んだのかもしれません。盗みに成功したところで密売は不可能だったでしょうし、著しく本を損壊しない限りは軽微な罪に問われるだけだったのかもしれません。
しかし、彼らはBJという人間を肉体的・精神的に傷つけてしまいました。その決定的な事実は今もなお彼らを苦しめ、決して消えない罪として永遠に彼らに刻まれ続けます。
若者の「やらかし」が、取り返しのつかない重大な罪となってしまった瞬間。BJのめがねが壊されたシーンが、その瞬間を象徴していたような気がします。
『アメリカン・アニマルズ』は、かっこいいクライムものでも、爽やかな青春ものでもありません。とんでもなくバカな大学生の顛末を眺めながら、「もしかしたら、私も彼らと同じ行動を取ってしまったかもしれない」と思わずにはいられないリアリティが詰め込まれています。
今までにない斬新な構成で描き出される普遍的な若者の愚かさを、ぜひスクリーンで体感してください。
映画『アメリカン・アニマルズ』
監督・脚本:バート・レイトン『The Imposter』(英国アカデミー賞受賞)
出演:エヴァン・ピーターズ、バリー・コーガン、ブレイク・ジェナー、ジャレッド・アブラハムソン
2018年/アメリカ・イギリス/116分/スコープサイズ/5.1ch
提供:ファントム・フィルム、カルチュア・パブリッシャーズ 配給:ファントム・フィルム
原題:American Animals