あなたの変化に、そっと寄りそう

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【伊藤美玲のめがねコラム】 第114回「”若い眼鏡職人を育てるために” 佐々木セルロイド工業所の独立コースとは?」

【伊藤美玲のめがねコラム】 第114回「”若い眼鏡職人を育てるために” 佐々木セルロイド工業所の独立コースとは?」

| 伊藤 美玲

「眼鏡職人の数が減っている」。
これは私が眼鏡ライターとして仕事をし始めた約20年前から、耳にしていたことです。高齢化が進む一方で、後継者は不足。職人の数のみならず、事業所の数も減少し続けていると。その影響はこれまでもじわじわと出ていたわけですが、コロナ禍以降さらに顕著となり「工場が混んでいて納期が読めない」といった話を、多くのブランドから聞くようになりました。

そんななか、鯖江にて100年以上の歴史をもつプラスチックフレームの工場である、佐々木セルロイド工業所が、若手の職人を育成するために、これまでにない採用活動を始めました。それが、「独立コース」というものです。簡単に説明すると、入社から10年で職人として独立することを目指すもの。この独立とは、自分がデザイン・製作した眼鏡フレームを販売して生計を立てることを目標としており、そのためのスキルを獲得できるような育成プログラムが用意されています。

この取り組みは昨年よりスタートし、すでに2名が職人として歩み始めているとのこと。今年も新たに募集があるということなので、詳しい話を訊いてみました。

老舗工場の新たな挑戦

【伊藤美玲のめがねコラム】第114回「“若い眼鏡職人を育てるために” 佐々木セルロイド工業所の独立コースとは?」
創業は1920年頃。1966年に株式会社佐々木セルロイド工業所が設立され、現在に至る。

本題に入る前に、まずは佐々木セルロイド工業所について簡単に説明しておきましょう。同社は、大正末期に創業。福井県にめがね産業をもたらした増永五左衛門の第一期門下生だった佐々木末吉氏が、セルロイドフレームの製造を始めたことに端を発しています。以来、セルロイド・アセテート製めがね製造のパイオニアとして産地を牽引。分業制が主流の鯖江ですが、同社は多くの工程を内製化しており、一貫製造を可能にしているのが強みです。 近年は、オリジナルブランドSASAKIの「SUEKICHI」を刷新し、フランスで行われている国際的なめがねの展示会Silmoに出展。なんと、めがね業界のアカデミー賞とも言われるシルモドールにもノミネートされました。また、工場に直営店を併設するなど、新しい試みも様々行なわれています。

今回は、営業・マーケティング部の小林沙弥さんにお話しを伺いました。

昨年より御社では「独立コース」を創設し、広く人材募集を行なっています。人材不足が顕在化してきたのは、いつ頃からなのでしょうか。

小林めがね産業に関わる人の数は、1990年代の初めをピークに現在は半分以下にまで減少しています。人材だけでなく、事業所の数も年々減っている状況です。

ここ数年で、とくにその問題が顕在化しているように感じられるのですが、コロナの影響もあったのでしょうか。

小林緊急事態宣言が出された頃などは受注が大きく減ったこともあり、このタイミングで事業を辞めたところは多かったですね。とくに後継者がいない家族経営のような事業所にとっては、大きなきっかけとなっていたようです。鯖江は分業が主流なので、小規模であってもめがね作りに欠かせない工程の一部を担っていたような事業所がなくなってしまうと、大きな打撃となります。
そもそも産業全体がOEM(※1)に頼るようなビジネス構造になっているため、メーカーからの受注が減ると、工場側は自分たちではどうしようもできないわけです。弊社としても、もっと内製化の比率を高めたり、自社ブランドを強化したりするなど、自分たちでコントロールできる範囲をより広げていく必要性を感じた出来事でした。

※1 OEM:
他社ブランドの商品を製造すること

【伊藤美玲のめがねコラム】第114回「“若い眼鏡職人を育てるために” 佐々木セルロイド工業所の独立コースとは?」
オリジナルブランドSASAKIの「SUEKICHI」。昨年めがね業界のアカデミー賞とも言われるシルモドールにもノミネートされた。

では、今回若手を育成する「独立コース」を立ち上げた理由を教えてください。

小林さんやはり、これからは作り手もグローバルな発信やブランディングなどが必要になってくる時代になると私たちは考えています。そうした点で産地を盛り上げるためには、若い人材の活躍が不可欠だと考えました。

鯖江においてめがねというのは大きな産業だと思うのですが、若手の人材が集まりにくいのはなぜなのでしょうか。

小林これについても、やはり一つにはOEMが主流のビジネスモデルだということが挙げられます。製品がエンドユーザーに渡るまで多くの業者が入るため、産地に利益が残りづらい構造になってしまっているんですね。
あとは、日本のマーケットにおいて眼鏡が安く購入できるようになったことで、眼鏡に対する憧れや、“職人が作るもの”としての認識が下がってしまったことも挙げられるかと思います。もちろん、職人の技術を駆使して作られた特別な1本を高いお金を出してでも買いたいという方もいらっしゃいますが、まだまだ少数派です。そうした点でも、産地の発信力やブランド力はますます課題になっていくのではないかと思っています。

なるほど。地元の若者は、そうした現実をシビアに見ているのかもしれませんね……。

一人前の職人としてだけでなく
経営者として独立するために

【伊藤美玲のめがねコラム】第114回「“若い眼鏡職人を育てるために” 佐々木セルロイド工業所の独立コースとは?」
工場では、若い工員が活躍している。

では、若手の人材を募集するにあたり独立を前提にしたコースにしたのはなぜだったのでしょうか。

小林これまで、正直なところ人材を迎え入れても、数年したら独立してしまう人が多かったんですね。ならばいっそ、それをサポートしようと。独立までしっかり伴走する会社であったほうが良いんじゃないかと、方向転換をしたんです。というのも、職人として独立するということは、同時に経営者になるということです。せっかくめがね作りの技術があったとしても、ブランディングやマーケティング、資金調達など経営全般の知識がないまま独立して失敗してしまうようでは、本人にとっても、産業全体にとっても大きなマイナスになってしまいます。それならば、独り立ちできるまで支えようと。

たしかに独立すると、技術を活かす機会も自分で得なければならないですもんね。ちなみに、「10年で独立」と期間が設定されていますが、やはり最低でも10年は辞めないでほしいという思いからなのでしょうか。

小林いえ、それはこちらの都合というより、現実的に独立するまでにはそれぐらい時間が必要だろうと考えてのことです。このコースはあくまでも自分でブランドを立ち上げ、めがねを作り、ビジネスとして成り立つことを最終的な目標にしているので。たとえば、磨きの技術だけを習得して独立しても、結局下請けの仕事しかできなければ、価格競争に巻き込まれてしまう可能性もあります。きちんと一人前になって、経営者として巣立つことを想定しているのが、この「独立コース」を作ったうえでこだわったポイントです。そのためには、各部署を回ってめがね作りの一連の工程を学ぶことが不可欠だと考えています。

独立後もサポートすることで
結果的に産地への貢献に

【伊藤美玲のめがねコラム】第114回「“若い眼鏡職人を育てるために” 佐々木セルロイド工業所の独立コースとは?」
工場に併設された直営店舗。オリジナルブランドのほか、アセテートを使った雑貨なども販売。工場見学や磨き体験なども楽しめる(有料)。

この独立コースの卒業生は、独立後のサポートも受けられるんですよね。

小林はい。独立された後も仕事が軌道に乗るまでは、こちらが仕事を発注したり、その方が作っためがねを私どもの直営店舗である「OPTIQ TAILOR by Sasaki Celluloid」で販売したり、海外展開のノウハウを提供したりなど、さまざまな方法でサポートさせていただく予定です。やはりゼロから市場を開いていくというのは、かなり難易度が高いことですので。弊社としてもそこまで伴走して独立をサポートしてこそ、産地の発展、そして貢献につながるのだと考えています。

この独立コースは、昨年からスタートしていますよね。昨年募集をしてみていかがでしたか。

小林昨年は結果的に県外から2名の方を迎え入れました。我々としては、こうした募集をすることで、実際に熱意を持った若者が門戸を叩いてくれるのだという実感が持てたのは、すごく良かったと思っています。ただ目の前の仕事をこなすのではなく、今後自分がブランドとして自走していくという視点をもって働いている人が社内にいることは、お互い刺激にもなります。ちなみに、社内ではすでに働いている人が独立コースに転向することも可能にし、平等に挑戦できる機会も作っています。

そうなんですね。では、これまで鯖江で100年以上の歴史をもつ工場として、産地の理想的な未来像とはどんな姿だと考えていますか?

小林今後はエンドユーザーと産地を、もっと近づけていくことが必要ではないかと思っています。弊社が工場併設の直営店を作ったり、工場見学を受け付けていたりしているのも、そのためなんです。職人たちは毎日一生懸命手塩にかけてめがねを作っていますが、OEMだけ請け負っていた時代は、職人の活躍がユーザーから見えにくかったり、また逆にお客様の反応が作り手まで届かないため、職人がめがね作りをしていることに誇りが持てないという状況が長らく続いていましたから。

そのためには、今回のような新しい取り組みが必要だと。

小林そうですね。柔軟なマインドをもつ今の若い方たちに集まってもらうためには、私たちも時代に合わせてフレキシブルに対応することが必要でしょう。そうして何か作りたい、発信したいという思いを持つ方が集まれば、産地がより活性化していく。そして発信によりエンドユーザーと産地の距離が縮まれば、もの作りの価値が広まり、産地が潤う。そうすれば人材も定着し、さらに活性化していく。それが理想の姿だと思いますね。

【取材を終えて】

今回、産地の後継者不足をテーマに取材をしたのは、このコラムでも初めてのこと。重要なテーマであるとは思いながら、どのように取り上げたらいいのかをずっと考えあぐねていたというのが正直なところです。

そうした点で、佐々木セルロイド工業所が「独立コース」という形で人材募集をすること、さらに産地の問題点も併せてプレスリリースを出して広く発信していることは、現状を周知するという点でもとても意義のあることだと思いました。

今回の記事を見て「独立コース」に関心を持った方は、ぜひ説明会に参加してみてはいかがでしょう。次の説明会は7月26日(金)にオンラインで行われます。詳細は下記リンクからご確認くださいませ!

佐々木セルロイド工業所
独立コース/職人コース