【伊藤美玲のめがねコラム】第35回「めがねの耐久性」
ある日のこと。朝から、夫の「あーーー」という声が聞こえてくる。
どうしたのかと思ったら、家で使っているめがねのテンプルが、あらぬ方向(縦)に曲がっていたのです。そう、多分夫が寝ている間に、子どもがぐいっと曲げてしまったのでしょう。まぁ、子どもが自由に触れられる場所に置きっぱなしにしているのも悪いのですけどね……。テンプルへとつながるメタルのパーツ(ヨロイ)が見事にグニっと曲がってしまったのですが、この箇所を曲げられてしまうのは、かれこれ2回目でした。
お店へ持っていくと、「このフレーム、たしか以前も直していますよね?」と的確な突っ込みを受け恐縮していると、「金属疲労により、もしかしたら今度は直している際に折れてしまう恐れもあります」とのこと。
もしそうなれば潔く新しいものを買おうということで修理を依頼。結果的にはお店の方の腕前も手伝ってか、しっかりと元の状態に戻り、今もまだ愛用することができています。
「今度こそ折れてしまうかと思ったのに、このめがね丈夫だなー」
すっかり感動した私は、先日の展示会の際にそのめがねのデザイナーさんにこの事実をお話ししました。すると「あのフレームはとくに丈夫で、チタンを叩いて延ばしてかなり強度を上げているんですよ」と教えてくれました。
なるほどね。いつも原稿で「耐久性の高いチタン素材」とか、「プレスによって強度をさらに向上」とか書いているけれど、今回の件はまさにその強度、耐久性の恩恵によるもの。知識としてはわかっていながら、初めてそれを実感することとなったのです。
こうした耐久性を含めためがねの機能性って、じつは日々トラブルやストレスなく使えていると、それが当たり前のことに思えてしまい、なかなか実感することがありません。でも、じつはその“ストレスなく使えること”自体が本当はものすごい機能だし、“何かトラブルがあっても、また修理して使うことができる”というのも、機能性の一つなわけです。
とくに日本製のめがねは、繊細な工夫や手間暇をかけた工程が、掛けやすさや調整のしやすさ、耐久性を高めていたりします。
たとえばそれは各ブランドが趣向を凝らして作っているオリジナルのヒンジであったり、なるべくロー付けの接地面を多く取れるよう工夫されたパーツの形状であったり、テンプルの開閉によるネジの緩みを解消する「逆智」と呼ばれる手法であったり……。パっと見ではわからなくても、生産の段階ではとても手間がかかっていることも。オリジナルのパーツや構造であれば、そのアイデアを生み出し、実際形にするまでにも時間や手間がかかっているでしょう。
まさにめがねは、作り手の思いや職人さんの丁寧な仕事の集積によって出来上がったものなんです。とくに鯖江のめがね生産は分業制が主流なので、たくさんの人の手を通って1本のめがねが出来上がります。各工程において、それぞれの担当者が120%の完成度を追求した結果が、機能の高さや耐久性、仕上がりの美しさにつながっているんですね。
まぁ、実際めがねを買うときは、そうしたことまで意識したりはしないけれど……。快適なめがねライフは、こうした丁寧な仕事の恩恵によるものだということを忘れちゃいけないな、と改めて思ったのでした。
東京都生まれ。出版社勤務を経て、2006年にライターとして独立。メガネ専門誌『MODE OPTIQUE』をはじめ、『Begin』『monoマガジン』といったモノ雑誌、『Forbes JAPAN 』『文春オンライン』等のWEB媒体にて、メガネにまつわる記事やコラムを執筆してい る。TV、ラジオ等のメディアにも出演し、『マツコの知らない世界』では“メガネの世 界の案内人”として登場。メガネの国際展示会「iOFT」で行われている「日本メガネ大賞」の審査員も務める。