【わたしはめがねのここが好き!】第6回 ミュージシャン 大久保潤也さんの場合
目次
めがねが大好き!
でも、なかなかそんなことを話せる場所もなければ、相手もいない…。
ならば、「めがね新聞」で思う存分語っていただきましょー !! という企画、題して「わたしはめがねのここが好き!」。
第6回は、センチメンタルな歌詞に心地よいメロディーを奏でる音楽ユニット・アナの大久保潤也さんにインタビューしてきました。
「新しいアルバムを出すごとに、自分へのご褒美としてめがねを買っています!」と話す大久保さんは、アナとしての活動の他にも、ヒップホップアイドルグループ・lyrical schoolへの楽曲提供やプロデュースを行い、作詞家や作曲家としても多くの作品に参加しています。一方で、コピーライター・クリエイティブディレクターとしても活動されており、音楽以外での活躍も多岐にわたります。
大久保さんが携わるそれぞれのクリエイティブにおいて、めがねが一役買っているのだとか!? それはいったいどんなことなのでしょうか? メンバーも知らなかった大久保さんのめがね愛とともに、じっくり教えていただきました!
めがねの奥にある「ストーリー」が、購入の決め手
今日かけているめがねは、ヴィンテージのような雰囲気があって素敵なデザインですね。
大久保これは2年前くらいに買ったもので、Buddy Opticalという日本のブランドの“feel college collection”というシリーズのめがねです。
“feel college collection”ですか? 不思議なネーミングですね。
大久保1960年代~1970年代の「アメリカの大学に通う学生たちのファッション」というコンセプトでデザインされたものなんです。僕がかけているのはコーネル大学のコンピューター学科の学生をイメージしたもの。他にはハーバード大学やスタンフォード大学などのモデルもあって、それぞれ形や素材も違うんですよ。
なるほど。めがねで当時の“大学の空気を感じる”なんて、面白いコンセプトですね! 他の大学も、どんなデザインなのか気になります。
大久保ここのブランドは毎回興味深いコンセプトで作っているので、そういうめがねの奥にあるストーリーにも惹かれます。最近は、このめがねを一番かけていますね。
ストーリーに惹かれてめがねを選んでいるんですね。デザインや自分に似合うかどうかで選ぶ人が多いので、とても珍しい視点です。それは、大久保さんが音楽活動やコピーライターなどのクリエイティブな仕事に関わっているからでしょうか。
大久保そうなんですかね。昔から、そういうものに惹かれます。職人さんのうんちくや筋の通った話を聞くのが好きなんです。店員さんも「似合ってますよ」とか言ってくれるんですけど、めがねが顔に合うかどうかは、照れもあるからわりと聞き流していて(笑)、ストーリーが気に入れば買っちゃいます。
めがね、ひとつひとつにストーリーがあるんですね!
大久保TART OPTICALのめがねは、僕が唯一持ってるヴィンテージのものなんですけど、映画監督のウディ・アレン(※1)が愛用していることでも有名なんです。ヨロイ(フロントの両端)のところにダイヤが付いているのが結構レアで。
TART OPTICALは1970年代に実は一度廃業していて、その後、創設者の甥が意志を引き継ぐかたちで、2016年にJULIUS TART OPTICALというブランドを立ち上げているんです。
僕が持っているのは、ネットで探した1950年代当時のめがねですけど、新しいそのブランドでも、当時のフォルムをそのまま再現しためがねを買うことができます。
70年前に使われていためがねと同じフォルムのものが手に入るなんて、ロマンがありますね。
大久保ウディ・アレンは、レンズ幅が46mmでブリッジ(左右のレンズの間をつなぐ鼻あてのある部分)幅が24mmというサイズのめがねらしいんですけど、それだと僕の顔には大きすぎるので、それに近い44mmと21mmあたりのサイズを買いました。
すごい!! サイズも覚えてるんですか!? 今までの説明も「めがね屋の店員だったのか?」と思うほど詳しいですね!
大久保ウディ・アレンになりたいぐらい、ウディ・アレンが昔から大好きで(笑)。彼の映画も好きだし、今は83歳ですけど、未だに現役で撮り続けていて、賞を獲るほど評価もされている。そういうクリエイターとしての意欲にも憧れます。
確かにめがねは顔にかけるものなので、時計やアクセサリーなどと比べて「憧れの人により近づくことができる」というアイテムかもしれません。
大久保そういう意味では、このハーフリムのめがねも実はそういう背景があって。これは、僕の憧れの日本のヒップホップミュージシャン、かせきさいだぁ(※2)さんご本人のめがねなんです。
え? ご本人が実際にかけていためがねなんですか!?
大久保そうなんです! もともとライブで共演したり面識はあったんですけど、ご本人がフリーマーケットで売っていたものを僕が買いました(笑)。これは、かせきさいだぁさんが小学生の時にかけていためがねなんです。レンズは自分の視力に合わせて入れ替えて、愛用しています。中学や高校の時から憧れていた人が使っていためがねを、僕がかけているなんて、すごく感慨深いですね。
ウディ・アレンと同じTART OPTICALのめがねと、かせきさいだぁさんのめがねはどんな時にかけるんですか?
大久保TART OPTICALのめがねは、作曲をする時にかけることが多いです。ウディ・アレンはすごく恋愛体質で、自分の恋愛も映画にしてしまうんですけど、そこに共感するというか、僕自身もそうなんです。恋愛して、辛くなって、その感情から曲を作るという。だから、70歳や80歳になっても、彼のように曲を作り続けていたいという思いがあって、憧れている部分があるので、同じめがねをかけるのかもしれません。
同じめがねをかけることで、クリエイティブな場面でも気持ちに影響があるのでしょうか。
大久保実際にどういう影響があるかはわからないけど、「ウディ・アレンもこのめがねで映画を撮っていたんだ」と自分に言い聞かせる感じでかけています。クリエイティブな側面で、一番影響を受けているめがねなので。そういう意味でいうと、僕は最近lyrical schoolというHIPHOPグループのプロデュースや楽曲提供をしているんですけど、彼女たちの曲を作る時はスイッチを入れる感じで、かせきさいだぁさんのめがねをかけたりしてます。
「HIPHOP」というめがねをまとうんですね。
大久保そうですね(笑)。その分野で自分が憧れていた、かせきさいだぁさんのめがねをかけて、スイッチを入れ替える感じです。
※1 ウディ・アレン:
アメリカの映画監督・俳優・脚本家・小説家。過去にアカデミー賞・監督賞を1度、脚本賞を3度受賞している。代表作は『アニー・ホール』『カフェ・ソサエティ』など。
※2 かせきさいだぁ:
日本のHIPHOPアーティスト・ラッパー・作詞家。
こだわりのめがねが持つ、それぞれの役割
大久保さんのめがねデビューはいつ頃ですか?
大久保中学3年生の時なんですけど、実は僕のファーストめがねは、伊達めがねだったんです…。
中学3年生で伊達めがねですか!? かなりおしゃれ意識の高い中学生だったんですね!
大久保「視力が悪くならないかな~」と思うくらい、めがねに憧れていて。当時から、めがねをファッションアイテムとして意識してたんです。あと基本的に僕は顔が薄いので、キャラクターをひとつまといたかったというのもあります。それで、黒縁の伊達めがねを親に内緒でかけていました。
親に内緒で伊達めがねをかけていたんですか?(笑)
大久保だから学校の前でめがねをかけて、家に着く前に外すという、ちょっと悪いことをしているような気分で。その後、車の免許を取る時に視力検査をしたら、片目だけ視力が下がっていることがわかって、そこから晴れて正々堂々とめがねをかけられるようになったんです(笑)。でもその時はまだ親に買ってもらっていたので、普通のめがねでしたね。デザインにもこだわるようになったのは、アナとしてデビューしてからなんです。
それは、人前に出たり写真に撮られたりと、見られる機会が増えたからということでしょうか?
大久保そうですね。その前からめがねは持っていましたけど、「アナの大久保=めがね」という感じで覚えてもらいやすいと思ったし。そういう時期に自分のお金でちゃんといいものをと思って最初に買ったのは、セルロイド(※3)フレームの小竹長兵衛のめがねでした。
組み立てから磨きまで手仕上げにこだわった、鯖江を代表するめがね職人のものですね。色違いで3本もお持ちとは! 残念ながら今はもう生産されていないので、貴重ですね。小竹長兵衛のめがねは、どういうところに惹かれたのでしょうか。
大久保まず、テンプルの部分に芯が入っていないんです。なのでフレーム全体に透明感が出てます。その代わり強度が劣るので太く作る必要があるんですが、強度を上げるにはセルロイドを数年寝かせる必要があるんですよ。そういった手間や技術がいるという話や、蝶番(フロントとテンプルをつないでいるパーツ)は比較的安いめがねだと3枚蝶番のタイプが多い中、これは7枚蝶番だからすごく丈夫なんだ、という話をお店で聞いて。そういう職人技やこだわりに惹かれました。
蝶番にこだわるというのは、かなりのめがね通かと(笑)。そういった過程を知ることで、ますます愛着がわきますよね!
大久保そうなんです。それで結果、アルバムのリリース毎に3本色違いで買いまいた。他のめがねも、アナの新しいアルバムが出るタイミングで、自分へのご褒美として買いました。だから、アルバムごとに違うめがねをかけています。「このめがねはあのアルバムの時の…」と、形として残したいという思いもあるんです。
アルバムをつくったストーリーがそれぞれのめがねに込められているんですね。
大久保そういえば、僕が新しいアルバムを出すごとにめがねを買うのも、HIPHOPのミュージシャンたちから影響を受けているんです。彼らは、作品が売れて成功すると、その証に金歯を入れたり高いネックレスを買ったりするんですよ。だから、僕はいい作品ができたらいいめがねを買おうと(笑)。
音楽以外のクリエイティブの場面でかけるめがねもあるのでしょうか?
大久保コピーライターやクリエイティブディレクターとして、企画やデザイン案のプレゼンを社外でする機会も多いので、そういう時は個性的なめがねを選ぶこともありますね。毎朝家を出る前に選ぶんですけど、大体1回では決まらず、何回かかけ直したりします。
何回かかけ直すなんて、相当なこだわりようです!
大久保フランスのPierre eyewearというブランドのめがねは、僕が持っている中ではかなりデザイン性が強いので、デザインを提案するプレゼンなどではかけることが多いです。
完全ハンドメイドで作られる、個性的なデザインとカラーリングで人気のあるブランドですね。確かに、このめがねをかけていたらこだわりがある人に見えます。
大久保このめがねは、一筆書きでデザイン画を描いて、それを実際にめがねにするというコンセプトで作っているんです。そのストーリーが面白いですよね。アナのライブで福岡に行った時に見つけたのでフレームだけ買って、東京に戻ってレンズを入れようと思ったんですけど、形が変なのでどこのお店でもレンズの入れ替えを断られてしまったんです(笑)。ちょっと特殊なフレームなんですよね。
大久保さんのめがねには、それぞれストーリーがあり、役割があることがわかりました。大久保さんの元にきためがねは、こんなに愛されて幸せ者です。
大久保今持っているめがねは、ゆくゆくは形見にしようと思っていて。いつか親になったら自分の子どもにかけてもらえたらいいなと思ってるんです。
大人になって、お互い音楽への向き合い方に変化が出てきた
先程「新しくアルバムが出るごとにめがねを買っている」というお話が出ましたが、今年の3月にアナのニューアルバム『時間旅行』がリリースされましたね! ここからは、アナのメンバー・大内篤さんにもご登場いただいて、お話を伺えたらと思います。
5年ぶりのリリースとはいっても、その間にライブをしたり、配信限定の曲を出したりと、アナとしての活動はゆるやかに続いていたのですよね?
大久保そうですね。だから、久しぶりという感覚はあまりなくて。でもこれまでは、新しくアルバムを作るとなると、スタジオにこもって一気に作業するという感じでしたけど、今回は普通に仕事や生活をしながら、締め切りも気にせずに曲を作って、5年間がそのまま入っているという感触があります。もちろん、アルバムとしてまとめるために、昔の曲にもアレンジを入れたりコーラスを録り直したりと、アップデートはしてますけど。
大内それにしては曲が少ないけどね(笑)。
少し昔の自分たちの曲にあらためて向き合うというのは、懐かしい感覚だったのでしょうか?
大久保そうですね。それもあって、アルバムのタイトルが『時間旅行』だったりもするんです。年齢が30代後半になってきたこともあって、昔の曲に対しても、冷静に俯瞰して曲と向き合えるようになりましたね。以前は、昔書いた曲に手を入れるのは好きじゃなくて、当時のままが一番輝いていると思っていたんですけど、今回は、「あの頃は悲しかったけど、今はこう変わってきたな」とか、タイムトラベルみたいな感覚で、もっと気楽に過去に向き合えるようになりました。
ちょっと大人になった自分が振り返る、という感覚でしょうか。アルバム全体を通して、すごく曲に優しさがあるというか、過ぎ去った時間も含めてすべて肯定する包容力みたいなものを感じました。
大久保そうなんです。これまでずっと、「大人」ということに抵抗した歌詞を書き続けていたんですけど、今回初めて「大人になって」と歌っているんですよね。もう30代後半だけど(笑)。それは無意識だったんですけど、この前知り合いに言われて気づきました。
大内僕も、昔とは曲に向き合う時の感覚が変わりました。前は、もっと「二人が同じ5:5の割合で一緒にやらないと」と思っていましたけど、今回は「自分はエッセンスでいい」と考えるようになりましたね。大久保が作った曲に、どんなギターやコーラスを足せばアナの曲になるな、というのが客観的に自分でもわかるようになって、そういう役割を楽しめるというか。高校時代、二人で宅録で曲を作っていた時に、今回のアルバムは一番近い感じがしました。
音楽に向き合う時の気持ちが、お互い同じタイミングで変わったんですね。それは、大久保さんがコピーライターとクリエイティブディレクター、大内さんがデザイナーと、それぞれ音楽とは別の場所でも仕事をしている、ということも関係しているのでしょうか?
大久保昔は、「ミュージシャンの自分」と「会社で働く自分」は別々に考えていて、気持ちの切り替えで辛い部分があったんですけど、この5年で、その両方をちゃんと一人の人格でできるようになりました。人への楽曲提供やアイドルのプロデュースもするようになって、今までとは違う責任が出てきます。そういう時は、会社で普段使っている考え方が必要なんです。「この曲がどうやって世の中に伝わっていくのか」という、外側に目を向ける事ができるようになったのは、今の仕事をしているからだと思います。
大内僕もそうですね。前のアルバムを出した時から今の会社にはいたんですけど、昔はアナとして活動していることは人にもあまり言ってなかったんです。でも今は、会社の名刺にも「ギター/コーラス」と入れていて(笑)。それは大久保からアドバイスされたんですけど。
なぜそのアドバイスをしたんですか?
大久保冗談で言ったら、本当に入れたんです(笑)。
大内でもそれは大久保にとってのめがねみたいなもので、ひとつフィルターをかけることで話題のきっかけにもなるし、仕事で会った人に覚えてもらえるかな、と思うようになりました。
仕事で経験したことをお互いが持ち帰ることで、新しい視点が生まれたり、音楽への向き合い方にも変化が出てきたり、そうして今回の「大人になった」アナのアルバムが作られたんですね。ところで…大内さんは、今後めがねをかける予定はありますか?
大内僕も実は少し視力が悪いんですけど、知り合った時から大久保がめがねなので、逆にかけられないんです(笑)。こんなにこだわりを持っているというのも、今日初めて知りました。
大久保でも僕も、ストーリー重視で選んでいるから、本当に自分の顔に合ってるわけじゃないと思うんだよね。だから、その両方がぴったりとはまるめがねを探すことが、今の課題です。
大内もし僕が大久保にめがねを選んでもらったとしたら、それだけでストーリーがあるからね。「大久保が選んだめがねをかけている大内」というのをそろそろ出してもいいかもね(笑)。
アナが“めがねユニット”として、めがねを選びに行く時はぜひレポートさせてください(笑)。今日はありがとうございました!
【写真】田島雄一
※3 セルロイド:
プラスチック素材の一種で、現在主流になっているアセテートに比べ衝撃に強く硬質なのが特徴。
ニューアルバム『時間旅行』
CD / XQGE-1059 / 1,800円(税抜き)
『時間旅行』特設サイト
アナ
<プロフィール>
福岡で結成され、現在は東京を拠点に活動する大内篤・大久保潤也による音楽ユニット。
2人が中学生の時に結成。 2005年にアルバム「CYPRESS」でソニーミュージックからデビュー。
2010年に京都発インディーズ・レーベルSECOND ROYAL RECORDSに移籍。
デビュー当時から変わらない、過ぎ去ったものへの美しい眼差しを表現したセンチメンタルな日本語詞。
2人の織りなすキャッチーで耳に残るメロディやギターフレーズを、バンドサウンドやクラブミュージック、様々なフォーマットで作品にし、今までに5枚のアルバムをリリース。
最近ではヒップホップアイドルlyrical school への楽曲提供や、大久保が作詞したシングルが連続でオリコンチャート1位を獲得するなど新たな活躍をしている。