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巨大めがねオブジェの会社 ハセガワ・ビコー社長インタビュー〜めがねオブジェ編〜

巨大めがねオブジェの会社 ハセガワ・ビコー社長インタビュー〜めがねオブジェ編〜

| めがね新聞編集部
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小岩駅から少し離れた、小岩大橋の土手沿い。大きく“(株)ハセガワ・ビコー”と記されているビルの上に、それはありました──そう、巨大なピンクのめがねオブジェ!JR総武線の車窓からちらりと見えるだけで、その異彩っぷりがわかります。

ハセガワ・ビコー|めがねオブジェ

いったいこの巨大なめがねオブジェはなんなのか…!? “めがね”新聞としてこの謎をスルーすることはできない!

というわけで今回はめがねオブジェを設置している株式会社ハセガワ・ビコーに突撃。社長インタビューでめがねオブジェの真相を探ってきました。

ハセガワ・ビコーってなんの会社?

めがねオブジェについての謎を解明する前に、このオブジェを設置している“株式会社ハセガワ・ビコー”についてご紹介します。

ハセガワ・ビコーはめがねのパーツや関連用品、視力検査で使われる“検眼枠”の企画・製造を行っている会社。2016年で創業40年の歴史があり、世界で初めてシリコンパットを製造したという経歴も持っています。

ハセガワ・ビコー|めがねオブジェ
ハセガワ・ビコーの万能検眼枠

検眼枠の国内シェアはなんと約80%[※]!眼科やめがね店で検眼の際に使われる検眼枠は、ほとんどハセガワ・ビコーの商品というから驚きです。

つまり、ハセガワ・ビコーとめがねは切っても切り離せない関係。そりゃあビルの上にオブジェ作るならめがね一択ですよね。では早速そのめがねオブジェについて長谷川珪三社長にうかがってみましょう!

めがねオブジェの秘密

ハセガワ・ビコー|めがねオブジェ
長谷川珪三社長

めがねオブジェはいつ誕生したんですか?

長谷川珪三社長昭和62年です。まだこのビルがなくて、隣のビルだったときに建設しました。新聞にも載りましたよ。

めがねオブジェにモデルはありますか?

長谷川珪三社長レイバンのフレームです。当時のレイバンのサングラスは、耳が縄手でシリコンのチューブがかかっているんですけど、そのシリコンチューブを全て弊社で作っていたので。僕が図面を書いて「これの20倍で作って」と指示を出しました。

ハセガワ・ビコー|めがねオブジェ
昭和62年当時のめがねオブジェ。2016年時点で約30年もの歴史がある

現在のめがねオブジェとは形が違いますが、現在のものは2代目なんでしょうか?

長谷川珪三社長はい。今の形になってからは15年経ちます。今年、色が落ちてきたので塗りなおしたらピンクになって…「なんだこの色は!キャバレーじゃねーんだぞ!」って言いましたよ(笑)。前と同じ色だったらしいんですけど。

ハセガワ・ビコー|めがねオブジェ
塗り替える前のオブジェ

そもそも、なぜこんな巨大なめがねオブジェを作ったんですか?

長谷川珪三社長お金が余っちゃったからですね。あとに残るものっていうので考えたときに、これかなと。

実際作ってみて、何か得したこととかありました?

長谷川珪三社長あんまりないです(笑)。小岩駅でタクシーに乗って、「めがねのところ」って言ったら着くぐらい?あとポケモンGOのジムになっていることかな…。

ありがとうございました!

ハセガワ・ビコー|めがねオブジェ
ビルの屋上から見た、めがねオブジェの裏側はこんな感じ

社長自ら図面を描き完成したという巨大めがねオブジェ。JR小岩駅付近のシンボルとしてこれからも輝き続けてほしいですね!

今回のインタビューでも垣間見えるとおり、めがねオブジェを作ったり世界初のシリコンパッドを製造するなど、斬新なアイデアを実現してきた長谷川珪三社長。

そんな長谷川社長ご自身についてのインタビューも掲載中!どうぞお楽しみに♪

巨大めがねオブジェの会社 ハセガワ・ビコー社長インタビュー〜社長について編〜

ハセガワ・ビコー社長インタビュー

※2016年12月1日現在

めがね新聞編集部
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