あなたの変化に、そっと寄りそう

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【めがねと映画と舞台と】第23回『1984』

【めがねと映画と舞台と】第23回『1984』

| 八巻綾(umisodachi)
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鑑賞する際、一定の苦痛を伴う作品は少なくありません。このコラムで以前ご紹介した映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』もそのひとつです。さらに、舞台となると質感はより生々しくなり、鑑賞する側のダメージも大きくなります。

この春、とある問題作が上演されました。タイトルは『1984』。1949年にジョージ・オーウェルによって書かれた小説『1984年』の舞台化作品です。今回上演されたのは2014年にロンドンで初演されたものの翻訳版で、2017年にニューヨークで上演された際には、観客が失神や嘔吐する事態に発展。そのショッキングな拷問描写が話題となりました。

『1984』

『1984』が描くのは、核戦争が起こった後、世界が3つに分割された架空の1984年です(なお、この3国は戦争中)。そのうちのひとつオセアニアは、絶対的な存在である全知全能の”ビッグブラザー”率いる党が、国民の全てを管理する社会。人々は徹底的に監視され、”ビッグブラザー”やイデオロギーに対して疑問を持つことは《思考犯罪》とされ、許されません。主人公のウィンストンは真実省の役人として、日々過去の記録を改竄する業務に携わっています。

ある事柄がきっかけで業務内容に疑問を抱きはじめたウィンストンは、禁止されている日記をつけるようになります。さらに、自分と同様の考えを持つジュリアと出会ったことで、ますます”ビッグブラザー”への疑念を深めていくのでした。そしてついに、ウィンストンは高級官僚オブライエンに自らの考えをぶつけるに至り、ウィンストンが秘密裏に所属しているという反体制組織の存在を知らされるとともに、加入を求められるのですが……。

【めがねと映画と舞台と】第23回『1984』
【撮影:宮川舞子】

本作はかなり複雑な構成になっていました。すでに”ビッグブラザー”による管理社会が崩壊した後の2050年から、1984年当時を振り返るというスタイル。ストーリーも単純には進まず、時間や空間があちこちに飛び、同じセリフが何度も反復されるなど、決して分かりやすい内容ではありません。その膨大な情報量に、観ているこちらも混乱し、次第に思考能力を奪われていくような錯覚に陥ります。

『1984』では、めがねをかけて登場する人物が2人います。1人は、ウィンストンに日記帳を渡すアンティーク店の店主チャリントン。そしてもう1人は、ウィンストンに反体制組織の存在を示唆する高級官僚のオブライエンです。有名な原作ですし、すでに公演も終了しているのでネタバレしますが、チャリントンとオブライエンは両者ともウィンストンを裏切る人物。最初は味方として登場しつつも、実は体制側の人間で、ウィンストンを追い詰めることになります。

特に、オブライエンは『1984』における第二の主役といってもいい存在で、ウィンストンとオブライエンの拷問を伴う対話が、本作のクライマックスとなります。オブライエンは、ウィンストンに対して《二重思考》の徹底的な実践を求めます。《二重思考》とは『1984』の中核をなす概念で、「相反するふたつの概念を、それらが矛盾していると認識しながらも同時に信じること」を意味します。劇中で説明される最も単純な例を挙げてみましょう。《二重思考》を実践できている人間は、【2+2=4】という概念を理解しつつ、”ビッグブラザー”が【2+2=5】と提示したならば、その概念も同時に(心から)信じることができるのです。

【めがねと映画と舞台と】第23回『1984』
【撮影:宮川舞子】

《二重思考》を実践することで、”ビッグブラザー”による全体主義や記録改竄の事実を理解しながらも、同時に”ビッグブラザー”による管理社会を正しいものと認識し、改竄された記録を真実だと捉えることが可能になります。拷問シーンの中で、オブライエンが一度だけめがねを外して言ったセリフがありました。

「正気への代償は服従だ」

自国が全体主義国家であり、絶対的な服従を求めているということを理解しながらも、その状態を受け入れることこそが【正気】である。不満を抱きながらイヤイヤ従うのでは意味がなく、「これは服従である」と頭では分かりながらも、同時に能動的に党を信じること。騙されるわけでも、感情に蓋をするわけでもなく、現実を理解した上で心から”ビッグブラザー”に従うことが、《二重思考》の最終的な目的。そう端的に示したセリフだと、私は感じました。

【めがねと映画と舞台と】第23回『1984』
【撮影:宮川舞子】

よって、オブライエンは口先だけの服従は許してくれません。ウィンストンを執拗に痛めつけ、彼の思考と感情を根こそぎ改革しようとします。無機質な純白の空間に、ポツンと置かれた拷問椅子。そこに縛り付けられたウィンストンと、めがねの奥で鋭い目を光らせたオブライエン。どんどん追い詰められていくウィンストンと、次々と残酷な指示を出しつつも、終始落ち着いているオブライエン。ふたりの対話が生み出す緊張感は、これまで観たどの舞台をも凌ぐレベルでした。

拷問シーンの終盤で、突如としてウィンストンは客席に向かって「なに黙って見てんだよ!」と叫びます。その言葉によって観客は、『1984』の世界観が驚くほど現代に似ていることを痛感させられるのです。”ビッグブラザー”に監視され、モニターによって情報や指示を与えられる人々と、情報社会の中でスマホに縛られている我々の姿は重なります。もしかしたら我々も、目に見えない”ビッグブラザー”に支配されているのかもしれません。

新国立劇場演劇 『1984』

新国立劇場演劇 『1984』


原作:ジョージ・オーウェル
脚本:ロバート・アイク、ダンカン・マクミラン
翻訳:平川大作
演出:小川絵梨子
【キャスト】
井上芳雄  ともさかりえ  森下能幸  宮地雅子  山口翔悟
神農直隆  武子太郎  曽我部洋士  堀元宗一朗
青沼くるみ  下澤実礼  本多明鈴日      

八巻綾(umisodachi)
テレビ局で営業・イベントプロデューサーとして勤務した後、退社し関西に移住。一児を育てながら、映画・演劇のレビューを中心にライター活動を開始。ライター名「umisodachi」としてoriver.cinemaなどで執筆中。サングラスが大好き。