あなたの変化に、そっと寄りそう

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【メガネガコンプレックスデイ】第5回「外してこそなお」

【メガネガコンプレックスデイ】第5回「外してこそなお」

| てるやま衣子
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めがね男性フェチの私にとって、
その最大の萌えポイントは
「めがねを外す瞬間」だ。

似合うめがねをかけていることは
もちろんだが、めがねを外し、
いつもとは少しだけ違う
「素」に近い一瞬を垣間見せることに
キュンッとなるのである。

これはいわゆるギャップ萌えと通ずる
部分だと思うのだが、
日頃、本人が対外的に取りつくろっている姿や
こちらが勝手に抱いているイメージとは
異なる性質と思わぬところで対面し、
ドキリとしちゃう、あの感覚。

それを日常的に体験させてくれる、
なんとも素敵な要素が
めがね男性には備わっている。

ただほんの一瞬、
めがねを外すだけで
ドキリとさせられてしまう。

なんて…
なんてズルイんだ!

めがね男性によって翻弄される
私の気持ちを例えるならば、
勝負下着をまとった女性から
イタズラに迫られ
嬉しいような困ったような、
恥ずかしいような…
絶妙な気持ちにさせられてしまった
(映画やマンガ以外でそんなシチュエーションがあるのであろうか…)
男性の気持ち、とでも言えばいいだろうか。

めがね男性は
本当に、ズルイと思う。

しかしながら、当然
めがね男性であっても
まったく私の食指が動かないタイプもいる。

寝るとき以外、
常にずーっと同じめがねを
かけ続けている男性だ。
めがねをそう何本も所有しておらず、
かといって断固としたこだわりがあるわけでもなく、
場合によっては十年近く
同じめがねをひたすらに
使い続けているような男性。

以前にも述したが、
私にとってめがねを選ぶ行為は
己と向き合うことと同義であり、
選び取られためがねは
その結果を反映し、
その人となりが凝縮されたアイテムだ。

それを大したこだわりもなく
もう何年も何年も
使い続けているなんて。

まるで襟元はダルッダル、
プリントはカッスカス、
裾の糸もほつれたようなTシャツ、
もはやその疲弊っぷりに
Tシャツそのものが可哀想に思えるほど
くたくたになった1枚を、
いつまでも着続けているようなものだ。

自分の身体や思考の変化を無視し、
過去の自分にとっての最適が
今の自分にとっても最適であるという
ある種の思い込みのようなものまで感じられて、
どうにも心奪われない。

正直、そういう人の素顔には
ちっとも興味が持てないのである。

めがねを外したときに現れるであろう
意外な「隙」や「ギャップ」に
期待ができない。
めがねを外さなくとも「隙」が
前面に出ているのだから。

丹念に創り込まれた
表層があってこそ
底から不意に覗く素が
より愛おしく
より魅力的に際立つ。

外されないめがねなんて
私にとってみれば
本来の性能の半分しか
活用できていないに等しい。

外してなお、
その真価を発揮する。
それが私の理想のめがね、なのである。

【イラスト】 P:ggy(ぴぎー)

てるやま衣子
大学卒業後、出版社勤務を経てフリーランスエディターとして活動。その後アパレル会社のウェブメディア編集に。現在はファッション系Eコマースサイトの運営に携わりつつ細々とエディター、ライター業をこなす。ファッションと酒を愛するアラサー独女。