【めがねと映画と舞台と】第26回『1987、ある闘いの真実』
突然ですが、私は韓国映画が好きです。非常に巧みな構成に加え、メッセージ性もエンタメ性も兼ね備えている作品が多く、ハリウッドでリメイクされた『オールド・ボーイ』や、日本でリメイクされた『殺人の告白』『SUNNY』など、他国がリメイク権を獲得することも珍しくありません。そして今年、比較的近い過去の熾烈な歴史を描いた2本の韓国映画の傑作が、日本で公開されたのをご存知でしょうか?光州事件を描いた『タクシー運転手 約束は海を越えて』と、今回取り上げる『1987、ある闘いの真実』です。
日本がバブル経済に湧いていた1980年代、韓国では全斗煥大統領による軍事政権下で、反政府活動の厳しい取締りが行われていました。野党指導者の金大中逮捕に反発した光州市民による民主化要求デモ(光州事件)は、政府によって鎮圧され多数の死者を出し、事実上の独裁状態はエスカレート。しかし1987年、”ある事件”をきっかけに市民が一丸となって声を上げることで、遂に民主化宣言が発表されるに至ったのです。この“ある事件”発生から、反政府デモが最大の高まりを見せるまでの経緯を描いたのが、『1987、ある闘いの真実』です。
“ある事件”とは、1人の大学生の死でした。反政府活動家の動向を掴むため、治安本部に連行されたソウル大学の学生・朴鍾哲が、取調中に命を落としたのです。死因を心臓麻痺ということにして、その日のうちに火葬してしまいたかった治安本部の思惑に反し、ソウル地検の検事は拷問死の疑いを抱き、司法解剖を命じます。さらに、そのことがマスコミに報じられると、世間は大騒ぎに。拷問死を隠蔽しようとした警察に対する市民の不信感が爆発します。なんとしてでも民主化要求デモの拡大を抑え込みたい政府・警察と、不正を告発して健全な社会を実現させたい検事・記者・医師らの駆け引きは、息もつかせぬ迫力!そして、なんとか繋がれた希望の糸は、やがて活動家や学生たち、終には100万人以上にも上る一般市民たちによる大規模な抗議運動へと広がっていくのです。
韓国映画界を代表する名優たちが出演し、権力側の人間たちから一介の女学生まで、あらゆる立場の人々の信念や葛藤を丁寧に描き切った『1987、ある闘いの真実』は、観終わった後に心身ともに疲弊してしまうほど濃密なエンタメ作品に仕上がっています。たった30年前に、これほど激しい民主化闘争があったということに、ただただ驚いてしまうばかり。朴槿恵政権の時期には、秘密裏に企画・製作を進めていたという本作。自国の過去を真っすぐに見つめる鋭い眼差しと、決してかつてのような社会に戻ることがないようにと願う強い意志を感じる、力強い作品です。
時代性もあり、めがねをかけた人物が多数登場する『1987、ある闘いの真実』ですが、中でも特に象徴的な1枚の写真が出てきます。それは、すべてのきっかけとなる学生・朴鍾哲の遺影。激しい拷問に遭いながらも決して屈することがなかった彼は、水責めの際に死亡しました。理不尽に死んだ息子を弔う家族の悲しみを表すシーンは美しく、胸に迫ります。しかし、闇に葬られ、忘れ去られるかと思われた彼の死は、民主化実現への大きな契機となり、涙を流す家族の前に置かれていた小さな彼の遺影は、大規模な民主化運動デモの先頭に大きく掲げられることになるのです。この作品を、いや、1987年の民主化闘争を象徴するものをひとつ挙げるとすれば、大ぶりのめがねをかけ、真っすぐに正面を見つめる朴鍾哲のこの遺影以外には考えられないでしょう。『1987、ある闘いの真実』を観た私の心にも、韓国が乗り越えてきた歴史と共に、彼の顔が今も確かに刻まれています。
映画『1987、ある闘いの真実』
絶賛公開中!
監督:チャン・ジュナン(『ファイ、悪魔に育てられた少年』、『カメリア』)
出演:キム・ユンソク、ハ・ジョンウ、ユ・ヘジン、キム・テリ、ソル・ギョング、
カン・ドンウォン、パク・ヘスン、イ・ヒジュン、ヨ・ジング
提供:ツイン Hulu
配給:ツイン
原題:1987 / 2017年 / 韓国 / カラー / 129分
『1987、ある闘いの真実』公式サイト
テレビ局で営業・イベントプロデューサーとして勤務した後、退社し関西に移住。一児を育てながら、映画・演劇のレビューを中心にライター活動を開始。ライター名「umisodachi」としてoriver.cinemaなどで執筆中。サングラスが大好き。