あなたの変化に、そっと寄りそう

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第16回『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』【めがねと映画と舞台と 】

第16回『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』【めがねと映画と舞台と 】

| 八巻綾(umisodachi)

ごく稀にですが、熱病のように人々を魅了して、現実世界にまで影響を及ぼしてしまうほどのパワーを持つ映画作品が出現します。2017年に公開された『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』はまさにそんな作品で、アメリカではR指定のホラー映画史上最高の興行収入を記録。日本でも異例の大ヒットとなりました。

めがねと映画と舞台と 第16回『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』
IT ©2017 Warner Bros. Entertainment Inc. and RatPac-Dune Entertainment LLC. All rights reserved.

ところで、【ホラー映画】と言われてあなたが真っ先に頭に浮かべる作品は何ですか? 『サイコ』? 『リング』? 『エクソシスト』? 『13日の金曜日』? それとも『ブレア・ウィッチ・プロエクト』? 私が初めて観たホラー映画は『シャイニング』でした。主人公が徐々に狂気を帯びていく様は圧倒的で、それ以来、しばらくスティーブン・キング原作の映画や原作そのものを読み漁る時期が続いたのを覚えています。

そして、『キャリー』『ミザリー』『スタンド・バイ・ミー』など、数多くの名作映画を生み出しているスティーブン・キング原作ものの中で、最も恐ろしい作品として記憶に残っているのが『IT/イット』です。『IT/イット』はかなり分量の多い長編小説で、1990年にアメリカでテレビドラマ化されました。あらすじは後述しますが、ティム・カリー演じるピエロ“ペニーワイズ”がとにかく恐ろしく、当時のアメリカの子供たち同様、私もすっかりピエロ恐怖症になって現在にいたります。

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『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』は、この『IT/イット』の2017年版映像化作品です。子ども時代と大人時代の両方が描かれている原作やテレビドラマ版とは異なり、子ども時代のみのエピソードが描かれています(なお、今後続編も製作予定)。

1988年メーン州の田舎町デリー。ビルの弟ジョージーが“何か”によって側溝へと引きずり込まれ、行方不明となるところから物語はスタートします。ジョージー失踪の後も町では子どもたちの行方不明事件が続き、ビルの心も沈んでいました。

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ビルは親友のリッチ―、スタン、エディと共に“The Loser’s Club”(負け犬クラブ)と自分たちを呼び、不良グループのターゲットになっていました。彼ら以外にもいじめの対象となっていた少女ベバリー、転校生のビル、消極的な黒人の少年マイクと共に不良グループに抵抗するビルたちでしたが、次第にメンバーが皆、似たような恐怖を体験していたことが判明します。それは、様々な形で出現する“何か”の襲撃でした。ベンの調査の結果、デリーの町では27年ごとに厄災が起こり、その度に多くの人の命が失われていることが分かります。“何か”=“それ”の居場所を突き止めたビルたちは、“それ”を討伐しジョージーを取り戻そうと立ち上がりますが……。

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“それ”に立ち向かう“The Loser’s Club”(負け犬クラブ)の面々は、いわゆるスクールカースト底辺のティーンエイジャーたちです。弟を失い心に傷を抱えるビルは吃音で、虚弱体質で潔癖症のエディはシングルマザーの母親から過剰に干渉される毎日。将来ユダヤ教のラビとなる宿命を背負うスタンは強迫神経症で猜疑心が強く、“あばずれ”と嫌われているベバリーは、父親の性的虐待に苦しんでいました。火事で父母を失っているマイクは、家業である食肉加工場で羊を殺すことができず責められています。

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そんな負け犬クラブのメンバーの中で、唯一めがねをかけているのがリッチ―です。分厚いめがねをかけ、常に下品な言葉で軽口を叩いている少年リッチーは、メンバーから度々「うるさい」「黙れ」とたしなめられているようなやんちゃ坊主。彼は、負け犬クラブの中でも異彩を放つ存在です。

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まず、リッチーだけ目立った弱点が語られません。特殊な家庭の事情も、視力が悪いという点以外の身体的弱点も特になさそうです。さらに重要なこととして、他のメンバーが“それ”との遭遇体験を語ったとき、リッチーだけはその体験を共有していなかったという点が挙げられます。そして、「はあ?」という懐疑的な反応を示します。これは、リッチーが他のメンバーに比べて現実的で恐怖心が少ない人物であることを示しています。スラングやモノマネで他人をからかってばかりいるリッチーは、観察力に優れた人物。存在感のあるリッチーのめがねは、彼の飛び抜けた観察力と、辛辣な言葉の洪水の裏側に、彼本来の人間性が隠されていることを示しているかのようです。

結局、リッチーの恐怖の対象はピエロだということがわかり、“それ”のアジトで彼も恐怖を体験したことで、彼自身もメンバーの言葉を受け入れることになるのですが、リッチーの客観的視点と行動力は物語の上で重要な役割を果たすことになります。

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子どもたちの恐怖を増幅させて捕食する“それ”を克服するには、自分自身の恐怖に打ち勝つしか方法がありません。各々の問題を直視し、克服するというのは子供から大人へと成長することそのものであり、『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』はホラー映画であると同時に、『スタンド・バイ・ミー』と同じ“イニシエーション”というテーマを扱っている珠玉の青春映画でもあります。

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『スタンド・バイ・ミー』でめがねをかけていた少年は、メンバーの中で最も繊細で危なっかしく、深い心の傷を抱えていました。それに対して、リッチーは良い意味で図太さを持った少年です。喋りだしたら止まらないという習性と、ときに無神経なことを口走ってしまうという欠点がありますが、観察力と行動力があり、誰よりも負け犬クラブを愛しています。それは、スタンのバル・ミツバー(ユダヤ教における13歳の成人式)にメンバーで唯一出席していたことからも分かります。おびただしい言葉とめがねの奥に隠されていたのは、誰よりも深い友情だったのではないでしょうか。

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では、リッチーは“それ”との対決によって、何を乗り越えたのでしょうか? そのヒントは、負け犬クラブにおける彼の立ち位置にあるかもしれません。友達が重傷を負ったときですら軽口を叩いておどけてみせるリッチーは、負け犬クラブのピエロ的な存在だといえます。そんな彼が恐怖する対象は、ピエロそのもの。本心を出せずに、ついおどけてみせてしまう自分自身こそが、リッチーが乗り越えるべき壁だったという見方も可能でしょう。

“それ”への恐怖に負け、一番大切な友情すら放棄しそうになったリッチーでしたが、親友の危機を前にして、見事に心の壁を打ち破ります。決闘の場で“それ”に対して発せられたリッチーのセリフは、とても感動的です。『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』が友情とイニシエーションの物語であることを強く印象付けてくれる、名セリフだといえるでしょう。

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リッチーを演じているフィン・ウルフハードは、人気ドラマ『ストレンジャー・シングス』で知られている有名子役です。透き通るように透明感のある肌とクルクルの髪、そして分厚いめがねの奥から覗く生意気そうな表情は、負け犬クラブのメンバーの中でもひときわ目を引く存在感を放っています。

映画館で観たあなたも、まだ観ていないというあなたも、素敵なめがね少年リッチーに注目しながら『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』を自宅で思う存分楽しんでみてはいかがですか?

映画『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』

めがねと映画と舞台と 第15回『ミセス・ダウト』

【配信開始日】1月24日デジタル先行配信開始
2月21日ブルーレイ&DVDリリース
価格:【初回仕様】ブルーレイ&DVDセット(2枚組/イラスト・カード付)¥3,990+税
ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント
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